2023年12月11日
「私は、新撰組のことも、お二人のことも、大好きです
「私は、新撰組のことも、お二人のことも、大好きです……。ですから、ですから……、迷惑をかけたくな───」
言い切る前に、身体に衝撃が走った。ふわりと鼻腔を香が掠める。控えめで優しい匂い。桜司郎が抱き着いてきたのだと直ぐに分かった。
その肩は大きく震え、縋るように馬越の肩口へ顔を埋めている。三年の付き合いとなるが、桜司郎がこのように弱さを見せるのは初めてだった。松原の時ですら、気丈に振舞っていたのだから。
「ごめ、ッ、ごめん……ごめんね……。馬越君ひとりに、全部、背負わせてしまったッ……」
何度も謝罪の言葉を続けた細い身体を抱き締め返す。https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/5c3cdf1896a https://carinacyril786.livedoor.blog/archives/1003149.html https://note.com/carinacyril786/n/na5d803a97efe?sub_rt=share_pb 口を開けば自身も泣いてしまいそうだったため、代わりにその背をぽんぽんと撫でた。
誰からも愛され、かつ最強と謳われる沖田の後継という重圧をひとりで背負っているのだ。尊敬こそすれ、誰が恨み言など言えようか。
温い風が頬を撫で、涙を攫っていく。どれだけ時を惜しもうとも、待ってはくれないのだ。 馬越が隊を去り、やがて暑い夏が来た。この年は例年に比べて猛暑日が続き、屈強な新撰組隊士と言えども体調を崩す者が増えた。
特に病床の身である沖田をみ、何日も起き上がれぬ時すらあった。
やっとの思いで夏を越え、風が涼しさを帯びる頃。土方は沖田の部屋を訪れていた。
沖田は部屋の真ん中に敷かれた布団で寝ていたが、話し声に気付き、薄らと目を開けては傍らに座る土方と桜司郎へ視線を向ける。
「ひじ、かた……さん?どうしましたか……」
「ああ、起こしちまったか。具合は……良くは無さそうだな」
「身体は……言うことを聞いてくれませんが……。気分は良いですよ。さっきも夢を、見て……」
熱い息を吐きながら穏やかに笑う男が、やけに幼く見えた。昔を思い出した土方は、その頭を撫でる。
「夢か。どんなモンだ」
「江戸に居た頃の夢です……。皆と道場で稽古をして、水を浴びて、縁側で西瓜を食べました……」
病に冒されているせいか、寂しいのだろう。やけに昔の夢ばかり見るのだ。
「そりゃあ……良いな。西瓜が食いてえのか?まだどっかに売ってんだろう。買って来させる」
そう言うと、土方は部屋の隅に控える市村へ目配せをする。すっかり小姓役が板についた彼は素早く立ち上がると、部屋を出て行った。
「……催促したみたいで悪いなァ…………。あの子は?昔の平助みたいな子ですね」
「最近入った隊士でな、俺の小姓の市村鉄之助ってんだ。よく茶は零すし、剣の腕も良くないが気は効く」
「…………ふふ。貴方が褒めるなんて、良い子なんですね。ああ……斎藤君と平助は元気にしているかな」
その言葉に桜司郎はドキリとする。御陵衛士については、触れることを許されないような空気が流れているのだ。隊務から離れているとはいえ、沖田も知らぬわけでは無い。
だが、土方は咎める訳でもなく、むしろ申し訳無さそうに目を細めた。
「どうだろうな」
「ふたりとも、帰ってくればいいのに……」
心からの言葉なのだろう。熱で潤んだ瞳は真剣な色を湛えていた。普段は冗談でもこのようなことは言わなかったはずなのだが、何かが不安なのだろう。
桜司郎はそれに心当たりがあった。新撰組と御陵衛士の関係性が更に悪化しているのである。公然と伊東は新撰組を非難していると聞くが、それに対して意外と新撰組は御陵衛士を無視している。逆にそれが嵐の前の静けさのようで不気味だった。
この部屋に出入りしているのは桜司郎だけではない。故に風の噂で沖田の耳にも入っていたのかも知れない。
不安の色を隠さない沖田を見るのは初めてで、桜司郎の中に何かが芽生え始めた。
言い切る前に、身体に衝撃が走った。ふわりと鼻腔を香が掠める。控えめで優しい匂い。桜司郎が抱き着いてきたのだと直ぐに分かった。
その肩は大きく震え、縋るように馬越の肩口へ顔を埋めている。三年の付き合いとなるが、桜司郎がこのように弱さを見せるのは初めてだった。松原の時ですら、気丈に振舞っていたのだから。
「ごめ、ッ、ごめん……ごめんね……。馬越君ひとりに、全部、背負わせてしまったッ……」
何度も謝罪の言葉を続けた細い身体を抱き締め返す。https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/5c3cdf1896a https://carinacyril786.livedoor.blog/archives/1003149.html https://note.com/carinacyril786/n/na5d803a97efe?sub_rt=share_pb 口を開けば自身も泣いてしまいそうだったため、代わりにその背をぽんぽんと撫でた。
誰からも愛され、かつ最強と謳われる沖田の後継という重圧をひとりで背負っているのだ。尊敬こそすれ、誰が恨み言など言えようか。
温い風が頬を撫で、涙を攫っていく。どれだけ時を惜しもうとも、待ってはくれないのだ。 馬越が隊を去り、やがて暑い夏が来た。この年は例年に比べて猛暑日が続き、屈強な新撰組隊士と言えども体調を崩す者が増えた。
特に病床の身である沖田をみ、何日も起き上がれぬ時すらあった。
やっとの思いで夏を越え、風が涼しさを帯びる頃。土方は沖田の部屋を訪れていた。
沖田は部屋の真ん中に敷かれた布団で寝ていたが、話し声に気付き、薄らと目を開けては傍らに座る土方と桜司郎へ視線を向ける。
「ひじ、かた……さん?どうしましたか……」
「ああ、起こしちまったか。具合は……良くは無さそうだな」
「身体は……言うことを聞いてくれませんが……。気分は良いですよ。さっきも夢を、見て……」
熱い息を吐きながら穏やかに笑う男が、やけに幼く見えた。昔を思い出した土方は、その頭を撫でる。
「夢か。どんなモンだ」
「江戸に居た頃の夢です……。皆と道場で稽古をして、水を浴びて、縁側で西瓜を食べました……」
病に冒されているせいか、寂しいのだろう。やけに昔の夢ばかり見るのだ。
「そりゃあ……良いな。西瓜が食いてえのか?まだどっかに売ってんだろう。買って来させる」
そう言うと、土方は部屋の隅に控える市村へ目配せをする。すっかり小姓役が板についた彼は素早く立ち上がると、部屋を出て行った。
「……催促したみたいで悪いなァ…………。あの子は?昔の平助みたいな子ですね」
「最近入った隊士でな、俺の小姓の市村鉄之助ってんだ。よく茶は零すし、剣の腕も良くないが気は効く」
「…………ふふ。貴方が褒めるなんて、良い子なんですね。ああ……斎藤君と平助は元気にしているかな」
その言葉に桜司郎はドキリとする。御陵衛士については、触れることを許されないような空気が流れているのだ。隊務から離れているとはいえ、沖田も知らぬわけでは無い。
だが、土方は咎める訳でもなく、むしろ申し訳無さそうに目を細めた。
「どうだろうな」
「ふたりとも、帰ってくればいいのに……」
心からの言葉なのだろう。熱で潤んだ瞳は真剣な色を湛えていた。普段は冗談でもこのようなことは言わなかったはずなのだが、何かが不安なのだろう。
桜司郎はそれに心当たりがあった。新撰組と御陵衛士の関係性が更に悪化しているのである。公然と伊東は新撰組を非難していると聞くが、それに対して意外と新撰組は御陵衛士を無視している。逆にそれが嵐の前の静けさのようで不気味だった。
この部屋に出入りしているのは桜司郎だけではない。故に風の噂で沖田の耳にも入っていたのかも知れない。
不安の色を隠さない沖田を見るのは初めてで、桜司郎の中に何かが芽生え始めた。
2023年12月10日
それを聞いた瞬間、桜司郎は目を見開く。
それを聞いた瞬間、桜司郎は目を見開く。
「どこの男が……、惚れた女子に情けない姿を見せたいと思いますか……」
ついに言ってしまったと沖田は視線を逸らす。桜司郎の瞳を見続けることが出来なかった。
「……本当は、この想いも墓場まで持っていくつもりだったんです。伝えたところで、長く生きてあげられないから。ですが、貴女が土方さんの好い人だと思った途端に……抑えきれなくなってしまった。……独り善がりで、臆病で、卑怯で、どうしようもない男なんですよ……私は──ッ!?」
桜司郎は腕をのばし沖田の袖を引くと、ぐいと引き寄せた。突然のことに体勢を崩した沖田は、そのまま暖かいものに包まれる。
頭を抱え込まれるようにして、https://www.keepandshare.com/discuss4/10887/ https://www.tumblr.com/carinadarling/736120850704646144/%E3%81%A4%E3%81%BE%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E6%80%9D%E3%81%86%E9%AB%98%E6%9D%89%E3%81%AE%E6%B0%97%E6%8C%81?source=share http://johnsmith786.zohosites.com/ 抱き締められていると暫くしてから脳が理解した。
「桜花……さ、」
規則正しく、けれどもいつもよりも速く鳴る鼓動が沖田の鼓膜に響き、無性に安らかな心地になる。まるで母の胸に抱かれているようだ。
「やめて……。私の好きな人を悪く言わないで……。いくら沖田先生でも、それ以上言うなら怒りますよ……」
震える声を聞き、顔を上げれば清らかな雫が落ちてくる。美しい、と思った。
一体、他人のために泣ける人間が世にどれだけいるのだろう。この涙を見れただけでも、勇気を振り絞った甲斐があったなどと沖田はぼんやりと思った。
「…………桜花さん……」
切なげな沖田の声に、一度は捨てたはずの愛しさが込み上げる。今まで我慢してきた分の想いが涙となって止めどなく溢れた。
「……好き、好きです、沖田先生……」
「…………私は、貴女よりずっと早く死にますよ。来年の桜すら共に見られないかもしれない……。それでも、好きだと言ってくれますか……?」
「ええ、好きです。病なんて関係ない。それを言うなら、私だっていつ死ぬか分かりません……ッ」
頭を抱える腕の力が緩んだ隙に、沖田は座り直す。頬を伝う涙をそっと掬うと、身を乗り出して傷に障らないように気を使いながら抱き寄せた。
気が付けば、自身の頬にも熱いものが流れる。悲しさではなく、愛しさでも涙は出るものなのかと驚いた。
「……貴女は、生きて。誰かを庇うのではなく、自分が生き残ることを考えて下さい。良いですか?」
「…………はい」
有難うと、後頭部を撫でる。
「…………私はね。貴女を私だけのものにしたいとは言わない。生き生きとしている貴女が好きだから」
つまり、想いが通じようともこれからも関係性は変わらないということだ。妻にと望むことは簡単だが、それでは籠の鳥のように縛ることになってしまう。
そして近いうちに自分が死んだ時に、桜司郎が一人になってしまうことを恐れた。少なくとも新撰組であれば、誰かはいる。
「ああ……でも、勘違いしないで下さいね。私は存外に欲張りだから、他の誰にも渡すつもりは有りませんよ」
「はい……ッ」
桜司郎は何度も頷いた。 幸せだと桜司郎は言った。たった一言、好きだと伝えるだけでこのようにも喜ばせてあげられるのなら、もっと早く言えば良かったと沖田は切なげに目を細める。
抱き締める身体を離し、羽二重餅のように白く滑らかな頬を手でなぞった。そしてに額にかかる前髪を分けると、そこへ唇を落とす。
すると、ぴたりと涙は止まり、代わりに餌を強請る鯉のように口をパクパクとさせた。
「沖田先生、今……ッ」
「……ふふ。つい。あまりにも貴女が愛らしいのがいけないですよ」
そのように言えば、眉尻を下げて困ったように狼狽えている。感情というものは不思議なもので、自覚すれば更に増していく。
そこへ煌々とした朝日が差し込み、薄暗かった部屋が明るくなった。
「どこの男が……、惚れた女子に情けない姿を見せたいと思いますか……」
ついに言ってしまったと沖田は視線を逸らす。桜司郎の瞳を見続けることが出来なかった。
「……本当は、この想いも墓場まで持っていくつもりだったんです。伝えたところで、長く生きてあげられないから。ですが、貴女が土方さんの好い人だと思った途端に……抑えきれなくなってしまった。……独り善がりで、臆病で、卑怯で、どうしようもない男なんですよ……私は──ッ!?」
桜司郎は腕をのばし沖田の袖を引くと、ぐいと引き寄せた。突然のことに体勢を崩した沖田は、そのまま暖かいものに包まれる。
頭を抱え込まれるようにして、https://www.keepandshare.com/discuss4/10887/ https://www.tumblr.com/carinadarling/736120850704646144/%E3%81%A4%E3%81%BE%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E6%80%9D%E3%81%86%E9%AB%98%E6%9D%89%E3%81%AE%E6%B0%97%E6%8C%81?source=share http://johnsmith786.zohosites.com/ 抱き締められていると暫くしてから脳が理解した。
「桜花……さ、」
規則正しく、けれどもいつもよりも速く鳴る鼓動が沖田の鼓膜に響き、無性に安らかな心地になる。まるで母の胸に抱かれているようだ。
「やめて……。私の好きな人を悪く言わないで……。いくら沖田先生でも、それ以上言うなら怒りますよ……」
震える声を聞き、顔を上げれば清らかな雫が落ちてくる。美しい、と思った。
一体、他人のために泣ける人間が世にどれだけいるのだろう。この涙を見れただけでも、勇気を振り絞った甲斐があったなどと沖田はぼんやりと思った。
「…………桜花さん……」
切なげな沖田の声に、一度は捨てたはずの愛しさが込み上げる。今まで我慢してきた分の想いが涙となって止めどなく溢れた。
「……好き、好きです、沖田先生……」
「…………私は、貴女よりずっと早く死にますよ。来年の桜すら共に見られないかもしれない……。それでも、好きだと言ってくれますか……?」
「ええ、好きです。病なんて関係ない。それを言うなら、私だっていつ死ぬか分かりません……ッ」
頭を抱える腕の力が緩んだ隙に、沖田は座り直す。頬を伝う涙をそっと掬うと、身を乗り出して傷に障らないように気を使いながら抱き寄せた。
気が付けば、自身の頬にも熱いものが流れる。悲しさではなく、愛しさでも涙は出るものなのかと驚いた。
「……貴女は、生きて。誰かを庇うのではなく、自分が生き残ることを考えて下さい。良いですか?」
「…………はい」
有難うと、後頭部を撫でる。
「…………私はね。貴女を私だけのものにしたいとは言わない。生き生きとしている貴女が好きだから」
つまり、想いが通じようともこれからも関係性は変わらないということだ。妻にと望むことは簡単だが、それでは籠の鳥のように縛ることになってしまう。
そして近いうちに自分が死んだ時に、桜司郎が一人になってしまうことを恐れた。少なくとも新撰組であれば、誰かはいる。
「ああ……でも、勘違いしないで下さいね。私は存外に欲張りだから、他の誰にも渡すつもりは有りませんよ」
「はい……ッ」
桜司郎は何度も頷いた。 幸せだと桜司郎は言った。たった一言、好きだと伝えるだけでこのようにも喜ばせてあげられるのなら、もっと早く言えば良かったと沖田は切なげに目を細める。
抱き締める身体を離し、羽二重餅のように白く滑らかな頬を手でなぞった。そしてに額にかかる前髪を分けると、そこへ唇を落とす。
すると、ぴたりと涙は止まり、代わりに餌を強請る鯉のように口をパクパクとさせた。
「沖田先生、今……ッ」
「……ふふ。つい。あまりにも貴女が愛らしいのがいけないですよ」
そのように言えば、眉尻を下げて困ったように狼狽えている。感情というものは不思議なもので、自覚すれば更に増していく。
そこへ煌々とした朝日が差し込み、薄暗かった部屋が明るくなった。
2023年12月10日
です。皆言っていますが、先生の下で
です。皆言っていますが、先生の下で働けて幸せですよ」
それを聞いた沖田は複雑そうに微笑む。まるで気持ちが伝わっていないのではないかと、モヤモヤとした。まあ良いか、と思ったその時、
『沖田さん、あんた後悔するぞ。己の気持ちに向き合えない人間は、それ以上成長出来ぬ』
と斎藤の言葉が浮かぶ。
──分かってますよ、斎藤君。私も鈍いと散々言われてきましたが、この子も大概なのではないですか。
ハア、と小さく溜息を吐くと沖田は片腕で背を支えたまま、桜司郎の横へ移動した。
まさに一世一代の大勝負である。https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986481513&owner_id=68426994 https://carinadarling.usite.pro/blog/2023-12-06-1 https://www.keepandshare.com/discuss2/13251/ 池田屋へ突入した時よりも、はるかに緊張が走った。
「桜司郎──いや、桜花さん」
「はい?」
──なんと言えば良い。好きだ、惚れています……?否、それよりも先に言わねばならぬことがあるではないか。
沖田は、今は大人しくともざわつく胸に手を当てる。その目には静かな熱が宿っている。見た事のないそれに、桜司郎は息を飲む。「……貴女に言わなければならないことがあります」
「なん、でしょう……」
真剣な眼差しを受けて、桜司郎の鼓動は徐々に早まっていく。
だが、ふと沖田は瞳に哀を浮かべた。
「私の病…………。聡い貴女のことだから、もう気付いているとは思います」
病、の言葉に桜司郎は瞳を揺らす。ずっと気になりながらも目を逸らし続けたそれを、今聞かされることに心の準備が追い付いていなかった。
「……それ、は。今じゃなければいけませんか?」
「はい。私はもう貴女へ隠し事はしたくない……」
「…………分かりました」
急に胸がざわつき始める。このような心地になる時は、大体良くないことの前兆なのだ。
有難う、と沖田は微笑む。
「……私はね。労咳、なんです」
「…………ろう、がい……?」
先程まで幸せな気持ちで満たされていたというのに、目の前が真っ暗になる。その脳裏には痩せ衰え、大量の血を吐き、我を失う高杉の姿が浮かんでは消えた。
薄々とは分かっていた。分かっていたのだ。それでもではないと信じたかった。やっと話してくれたという少しの嬉しさと、なぜこの人が病にという憎らしさがせめぎ合う。
何も言葉が出てこない。目の前の現実が受け入れられず、ただ視線を彷徨わせるだけだった。
「そして昨日、血も吐きました。故に、そう永くは無いでしょう」
あくまでも沖田は他人事のように淡々と話す。死病だと分かって平気な人間が、この世の何処にいるだろうか。ここまで受け入れるために、どれだけの悲しみを越えてきたのかと思うだけで、胸が張り裂けそうに痛む。
──遠い。沖田先生、貴方が遠い。こんなにも近くにいるのに、ずっとずっと手の届かないところへ行ってしまっている気がする。
「……わたし、は。私では、貴方の力には……なれませんでしたか……?」
桜司郎は震える声で問い掛ける。少なくともそこらの平隊士よりは近くにいたつもりでいた。隣に立つことは叶わずとも、堂々と背を追うために努力を尽くしてきた。
だが、沖田はたったひとりで孤独を背負うことを決めてしまったのかと思うと、やり切れない気持ちになる。
表情を暗くした桜司郎を見た沖田は、首を振りながら僅かに身体を乗り出した。
「……違う!私は、私が労咳だと知れることでこの関係が崩れてしまうのが……そう、怖かったんだ。新撰組にいるためには……貴女と共に歩むためには、一番組組長で在り続けなければならない。床に臥せる病人では駄目だった……!」
「どうして…………?」
その問い掛けに、沖田は拳を固めると覚悟を決めたように、桜司郎の瞳を見詰める。頬や耳を薄らと朱に染め、ずっと抑えてきた思いを腹の底から押し上げた。
──もう後戻りは出来ない。
「──あ、あなたに惚れているからです!」
それを聞いた沖田は複雑そうに微笑む。まるで気持ちが伝わっていないのではないかと、モヤモヤとした。まあ良いか、と思ったその時、
『沖田さん、あんた後悔するぞ。己の気持ちに向き合えない人間は、それ以上成長出来ぬ』
と斎藤の言葉が浮かぶ。
──分かってますよ、斎藤君。私も鈍いと散々言われてきましたが、この子も大概なのではないですか。
ハア、と小さく溜息を吐くと沖田は片腕で背を支えたまま、桜司郎の横へ移動した。
まさに一世一代の大勝負である。https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986481513&owner_id=68426994 https://carinadarling.usite.pro/blog/2023-12-06-1 https://www.keepandshare.com/discuss2/13251/ 池田屋へ突入した時よりも、はるかに緊張が走った。
「桜司郎──いや、桜花さん」
「はい?」
──なんと言えば良い。好きだ、惚れています……?否、それよりも先に言わねばならぬことがあるではないか。
沖田は、今は大人しくともざわつく胸に手を当てる。その目には静かな熱が宿っている。見た事のないそれに、桜司郎は息を飲む。「……貴女に言わなければならないことがあります」
「なん、でしょう……」
真剣な眼差しを受けて、桜司郎の鼓動は徐々に早まっていく。
だが、ふと沖田は瞳に哀を浮かべた。
「私の病…………。聡い貴女のことだから、もう気付いているとは思います」
病、の言葉に桜司郎は瞳を揺らす。ずっと気になりながらも目を逸らし続けたそれを、今聞かされることに心の準備が追い付いていなかった。
「……それ、は。今じゃなければいけませんか?」
「はい。私はもう貴女へ隠し事はしたくない……」
「…………分かりました」
急に胸がざわつき始める。このような心地になる時は、大体良くないことの前兆なのだ。
有難う、と沖田は微笑む。
「……私はね。労咳、なんです」
「…………ろう、がい……?」
先程まで幸せな気持ちで満たされていたというのに、目の前が真っ暗になる。その脳裏には痩せ衰え、大量の血を吐き、我を失う高杉の姿が浮かんでは消えた。
薄々とは分かっていた。分かっていたのだ。それでもではないと信じたかった。やっと話してくれたという少しの嬉しさと、なぜこの人が病にという憎らしさがせめぎ合う。
何も言葉が出てこない。目の前の現実が受け入れられず、ただ視線を彷徨わせるだけだった。
「そして昨日、血も吐きました。故に、そう永くは無いでしょう」
あくまでも沖田は他人事のように淡々と話す。死病だと分かって平気な人間が、この世の何処にいるだろうか。ここまで受け入れるために、どれだけの悲しみを越えてきたのかと思うだけで、胸が張り裂けそうに痛む。
──遠い。沖田先生、貴方が遠い。こんなにも近くにいるのに、ずっとずっと手の届かないところへ行ってしまっている気がする。
「……わたし、は。私では、貴方の力には……なれませんでしたか……?」
桜司郎は震える声で問い掛ける。少なくともそこらの平隊士よりは近くにいたつもりでいた。隣に立つことは叶わずとも、堂々と背を追うために努力を尽くしてきた。
だが、沖田はたったひとりで孤独を背負うことを決めてしまったのかと思うと、やり切れない気持ちになる。
表情を暗くした桜司郎を見た沖田は、首を振りながら僅かに身体を乗り出した。
「……違う!私は、私が労咳だと知れることでこの関係が崩れてしまうのが……そう、怖かったんだ。新撰組にいるためには……貴女と共に歩むためには、一番組組長で在り続けなければならない。床に臥せる病人では駄目だった……!」
「どうして…………?」
その問い掛けに、沖田は拳を固めると覚悟を決めたように、桜司郎の瞳を見詰める。頬や耳を薄らと朱に染め、ずっと抑えてきた思いを腹の底から押し上げた。
──もう後戻りは出来ない。
「──あ、あなたに惚れているからです!」
2023年12月10日
襦袢の肩口に沖田の手がかかり
襦袢の肩口に沖田の手がかかり、するりと解かれそうになるのを、桜司郎は赤い顔をしながら袷を引き寄せて抵抗する。
「嫌、ですか……?それなら無理強いは出来ません……」
寂しげな声音を出されると、途端に自分が間違っているような感覚に陥る。これも惚れた弱みなのだろうか。桜司郎は羞恥心を何とか打ち払うと、自ら襦袢を肩から落とした。
これも全て、都合の良い幸せな夢なのかも知れないと思いながら。
「それなら……背中……だけ、お願いします」
そのように言えば、沖田は純粋な笑みを浮かべて頷いた。
固く搾った手拭いで首筋から肩、https://www.keepandshare.com/discuss4/10885/ https://www.tumblr.com/mathewanderson786/735964431867117568/%E3%81%88%E3%81%88-%E3%81%88%E3%81%88%E6%A1%9C%E5%8F%B8%E9%83%8E%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E5%B7%B1%E3%81%8C%E5%8B%99%E3%82%81%E3%82%92%E6%9E%9C%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%94%E7%AB%8B%E6%B4%BE%E3%81%AA%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99-%E3%81%9D%E3%81%86%E8%A8%80%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%8C?source=share https://carinadarling78.zohosites.com/ 背にかけて拭っていく。安芸や稽古で負ったと思われる傷痕が痛々しい。柔らかな朝の光が射し込み、薄く白い肌をより透き通らせた。
──思えば、あの夜も傷の手当を手伝ったな。
ぼんやりとそう思いながら、沖田は刀傷に沿うように指を這わせた。すると、びくりと肩が跳ねる。
桜司郎から抗議の言葉が飛んでくる前に、口を開いた。
「桜司郎さん……。もう二度と、自分を犠牲にしないと約束して下さい」
背を拭き終わり、新しい襦袢を肩へ掛けてやる。
「それは…………」
桜司郎はドキリとしながらも口ごもった。まるで、今回負傷した時に考えていたことがバレているようなそれに内心焦る。
それに隊士として生きている以上、このように怪我を負うことはこれからもあるだろう。場しのぎの返事はいくらでも出来るが、沖田へ嘘を吐くのは嫌だった。
「いきなりどうしました?隊務で怪我をするなんて、有り得ることじゃないですか」
誤魔化すようなそれに、沖田は眉間に皺を寄せる。
「……"身代わりになってあげたかった"。貴女は……確かにそう言いました」
何故それを沖田が知っているのかと言葉を失った。確かそれは山野へ言った筈なのだ。 山野はああ見えて口が硬い。告げ口をするようにも思えなかった。
桜司郎は昨夜のとの会話を何とか思い出そうとする。すると、ひとつ違和感に気付いた。
『……何故、自身を犠牲にするんだ。沖田にそのような価値など無いだろうに』
沖田を崇拝する山野が、"沖田"などと呼び捨てにする訳がないのである。
──まさか。あれは、八十八君ではなくて……。
「お、沖田先生……いつから、居たのです……?」
どくんどくんと鼓動が高鳴った。もしあれが山野ではなく、沖田であるとするならば、本人へ好きだと言ってしまったことになる。
肩に掛けられた新しいそれに袖を通すことも忘れ、落ち着かない気持ちを抑えるように敷布の裾を掴んだ。
「昨夜からですよ。南部先生は会津中将様の元へ行かねばならなくなってしまい、代わりに私が残ったのです」
その回答に、桜司郎は目を丸くしながら顔を上げる。引き攣れるような脇腹の痛みが襲うが、それすらも気にならない。
──もしかすると、あれは……あのは、夢じゃなかったの……?
『…………私も、貴女のことが好きだ……』
朧気ながらも、その優しい響きはずっと残っている。だがそれを確かめる勇気が無かった。勘違いだとしたら、立ち直れないと思ったのだ。
「そう、でしたか……」
「ええ。斬り合いをして怪我をするのは仕方の無いことだとは思います。しかし、誰かを庇うこととは話しが違う。……もう、貴女が傷付くのを見るのはつらい」
切なる言葉に、桜司郎の心は揺れる。その意味が部下に対する親愛だとしても、嬉しかった。
「本当に、沖田先生は良い
「嫌、ですか……?それなら無理強いは出来ません……」
寂しげな声音を出されると、途端に自分が間違っているような感覚に陥る。これも惚れた弱みなのだろうか。桜司郎は羞恥心を何とか打ち払うと、自ら襦袢を肩から落とした。
これも全て、都合の良い幸せな夢なのかも知れないと思いながら。
「それなら……背中……だけ、お願いします」
そのように言えば、沖田は純粋な笑みを浮かべて頷いた。
固く搾った手拭いで首筋から肩、https://www.keepandshare.com/discuss4/10885/ https://www.tumblr.com/mathewanderson786/735964431867117568/%E3%81%88%E3%81%88-%E3%81%88%E3%81%88%E6%A1%9C%E5%8F%B8%E9%83%8E%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E5%B7%B1%E3%81%8C%E5%8B%99%E3%82%81%E3%82%92%E6%9E%9C%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%94%E7%AB%8B%E6%B4%BE%E3%81%AA%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99-%E3%81%9D%E3%81%86%E8%A8%80%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%8C?source=share https://carinadarling78.zohosites.com/ 背にかけて拭っていく。安芸や稽古で負ったと思われる傷痕が痛々しい。柔らかな朝の光が射し込み、薄く白い肌をより透き通らせた。
──思えば、あの夜も傷の手当を手伝ったな。
ぼんやりとそう思いながら、沖田は刀傷に沿うように指を這わせた。すると、びくりと肩が跳ねる。
桜司郎から抗議の言葉が飛んでくる前に、口を開いた。
「桜司郎さん……。もう二度と、自分を犠牲にしないと約束して下さい」
背を拭き終わり、新しい襦袢を肩へ掛けてやる。
「それは…………」
桜司郎はドキリとしながらも口ごもった。まるで、今回負傷した時に考えていたことがバレているようなそれに内心焦る。
それに隊士として生きている以上、このように怪我を負うことはこれからもあるだろう。場しのぎの返事はいくらでも出来るが、沖田へ嘘を吐くのは嫌だった。
「いきなりどうしました?隊務で怪我をするなんて、有り得ることじゃないですか」
誤魔化すようなそれに、沖田は眉間に皺を寄せる。
「……"身代わりになってあげたかった"。貴女は……確かにそう言いました」
何故それを沖田が知っているのかと言葉を失った。確かそれは山野へ言った筈なのだ。 山野はああ見えて口が硬い。告げ口をするようにも思えなかった。
桜司郎は昨夜のとの会話を何とか思い出そうとする。すると、ひとつ違和感に気付いた。
『……何故、自身を犠牲にするんだ。沖田にそのような価値など無いだろうに』
沖田を崇拝する山野が、"沖田"などと呼び捨てにする訳がないのである。
──まさか。あれは、八十八君ではなくて……。
「お、沖田先生……いつから、居たのです……?」
どくんどくんと鼓動が高鳴った。もしあれが山野ではなく、沖田であるとするならば、本人へ好きだと言ってしまったことになる。
肩に掛けられた新しいそれに袖を通すことも忘れ、落ち着かない気持ちを抑えるように敷布の裾を掴んだ。
「昨夜からですよ。南部先生は会津中将様の元へ行かねばならなくなってしまい、代わりに私が残ったのです」
その回答に、桜司郎は目を丸くしながら顔を上げる。引き攣れるような脇腹の痛みが襲うが、それすらも気にならない。
──もしかすると、あれは……あのは、夢じゃなかったの……?
『…………私も、貴女のことが好きだ……』
朧気ながらも、その優しい響きはずっと残っている。だがそれを確かめる勇気が無かった。勘違いだとしたら、立ち直れないと思ったのだ。
「そう、でしたか……」
「ええ。斬り合いをして怪我をするのは仕方の無いことだとは思います。しかし、誰かを庇うこととは話しが違う。……もう、貴女が傷付くのを見るのはつらい」
切なる言葉に、桜司郎の心は揺れる。その意味が部下に対する親愛だとしても、嬉しかった。
「本当に、沖田先生は良い
2023年12月06日
「鈴木君。
「鈴木君。何か熱心に見詰めていたようだけれど、珍しい物でもいたのですか?」
伊東のその質問に、桜司郎は少しだけ驚いた表情になった。よく人を観察していると感心する。
「え、ええ。白い──」
白岩のことを言おうとしたが、口を噤んだ。思い起こせば彼は隊を脱走した身である。言えば捕まり、処断されてしまうのではないか。も見たかったですよ」
「残念ながらもう飛んで行ってしまいました。また見付けたら教えますね」
伊東と桜司郎は穏やかな会話を繰り広げているが、https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/12/04/185530 https://william-l.cocolog-nifty.com/blog/2023/12/post-44b74a.html https://community.joomla.org/events/my-events/huaikashii-mengwo-jianteimashita.html
それとは反対に近藤は落胆の色を濃くする。深い溜息と共に白い霧が広がった。
帰路に着くも、断られて万策も尽きた悲しみからか、近藤は何処か上の空である。
国泰寺へ向かう林道はこの三人以外に誰もおらず、ただ風の泣く声だけが響いていた。背の高い木々には雪が積もり、突風が吹けば落ちそうである。
「近藤局長。致し方ありませんよ。そもそもが駄目で元々だったではありませんか。また策を練りましょう」
「う、うむぅ……。そうだな……」
伊東に慰められつつ、近藤は歩みを進めた。いつもであれば、近藤は直ぐに気持ちを切り替えられる。だが、今回ばかりは引き摺っていた。何故なら此度の訊問使同行に命を賭け、地元には遺書すら送っている。土方や沖田の反対をも振り切って来ただけに、何の成果も上げられずに帰るのは屈辱でしか無かった。
池田屋事件以来、これといった目覚ましい活躍もなく市中見回りと不逞浪士の取り締まりだけに精を出すしかない日々に焦りを感じていた。長州へ立ち入り、何らかの情報を引き出すことが出来れば、もっと新撰組の名を上げることが出来るのではないかと期待していただけに落胆も強い。
「鈴木君、どうしましたか」
背中で聞いていた雪を踏む音が消えたため、伊東は足を止めて振り返った。桜司郎は真剣な顔付きで視線を彷徨わせ、辺りを伺っている。伊東もそれに倣うが、まるで何も分からなかった。
「……においませんか」
桜司郎はそう言うと、鼻を動かす。歩いていた時にふと冬の空気の匂いに混じって、変なそれが鼻腔を掠めたのである。普段であれば気に留めないのだが、それには覚えがあった。
──これは。
壬生寺での銃の調練を遠目から見ていた時に、嗅いだ記憶が蘇った。間違いなくそれが硝煙のものだと気付き、視線を動かすが木々に囲まれた道であるため分かりづらい。
目を瞑り、耳を澄ませば風の音が滞る場所が左右合わせて二箇所ほどあった。間違いなく誰かが潜んでいると確信を得る。
その時だった。突然背後から雪を激しく踏む音が近付いてくる。桜司郎は振り向きざまに抜刀した。キン、と金属音が辺りに鳴り響く。気付くのが遅れれば今頃地に伏していただろう。目の前には狐の面を付けた男が立っていた。
「鈴木君!」
「大丈夫ですッ。局長は新手に注意して下さいッ」
迫る刀を受け流せば、男は飛び退いて間合いを取る。男の斬撃は重く、刀を持つ腕がジンと痺れた。かなりの使い手だということが一太刀で分かる。
休む間もなく、男は何度も斬撃を繰り出し、桜司郎はそれを受け流した。まともに刃をぶつからせれば間違いなく折れてしまう。そうすれば護衛など出来ない。
伊東のその質問に、桜司郎は少しだけ驚いた表情になった。よく人を観察していると感心する。
「え、ええ。白い──」
白岩のことを言おうとしたが、口を噤んだ。思い起こせば彼は隊を脱走した身である。言えば捕まり、処断されてしまうのではないか。も見たかったですよ」
「残念ながらもう飛んで行ってしまいました。また見付けたら教えますね」
伊東と桜司郎は穏やかな会話を繰り広げているが、https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/12/04/185530 https://william-l.cocolog-nifty.com/blog/2023/12/post-44b74a.html https://community.joomla.org/events/my-events/huaikashii-mengwo-jianteimashita.html
それとは反対に近藤は落胆の色を濃くする。深い溜息と共に白い霧が広がった。
帰路に着くも、断られて万策も尽きた悲しみからか、近藤は何処か上の空である。
国泰寺へ向かう林道はこの三人以外に誰もおらず、ただ風の泣く声だけが響いていた。背の高い木々には雪が積もり、突風が吹けば落ちそうである。
「近藤局長。致し方ありませんよ。そもそもが駄目で元々だったではありませんか。また策を練りましょう」
「う、うむぅ……。そうだな……」
伊東に慰められつつ、近藤は歩みを進めた。いつもであれば、近藤は直ぐに気持ちを切り替えられる。だが、今回ばかりは引き摺っていた。何故なら此度の訊問使同行に命を賭け、地元には遺書すら送っている。土方や沖田の反対をも振り切って来ただけに、何の成果も上げられずに帰るのは屈辱でしか無かった。
池田屋事件以来、これといった目覚ましい活躍もなく市中見回りと不逞浪士の取り締まりだけに精を出すしかない日々に焦りを感じていた。長州へ立ち入り、何らかの情報を引き出すことが出来れば、もっと新撰組の名を上げることが出来るのではないかと期待していただけに落胆も強い。
「鈴木君、どうしましたか」
背中で聞いていた雪を踏む音が消えたため、伊東は足を止めて振り返った。桜司郎は真剣な顔付きで視線を彷徨わせ、辺りを伺っている。伊東もそれに倣うが、まるで何も分からなかった。
「……においませんか」
桜司郎はそう言うと、鼻を動かす。歩いていた時にふと冬の空気の匂いに混じって、変なそれが鼻腔を掠めたのである。普段であれば気に留めないのだが、それには覚えがあった。
──これは。
壬生寺での銃の調練を遠目から見ていた時に、嗅いだ記憶が蘇った。間違いなくそれが硝煙のものだと気付き、視線を動かすが木々に囲まれた道であるため分かりづらい。
目を瞑り、耳を澄ませば風の音が滞る場所が左右合わせて二箇所ほどあった。間違いなく誰かが潜んでいると確信を得る。
その時だった。突然背後から雪を激しく踏む音が近付いてくる。桜司郎は振り向きざまに抜刀した。キン、と金属音が辺りに鳴り響く。気付くのが遅れれば今頃地に伏していただろう。目の前には狐の面を付けた男が立っていた。
「鈴木君!」
「大丈夫ですッ。局長は新手に注意して下さいッ」
迫る刀を受け流せば、男は飛び退いて間合いを取る。男の斬撃は重く、刀を持つ腕がジンと痺れた。かなりの使い手だということが一太刀で分かる。
休む間もなく、男は何度も斬撃を繰り出し、桜司郎はそれを受け流した。まともに刃をぶつからせれば間違いなく折れてしまう。そうすれば護衛など出来ない。
2023年12月01日
です…ッ」
です…ッ」
大きな目からはポロポロと涙がとめどなく流れ落ちた。勿論面識のない桜司郎は戸惑いながらも首を横に振る。
「その、恐らく人違いではないですか……?私は"おうのすけ"さんという方ではありません」
そう言えば、"歌"と名乗る女性は明らかに落胆の色を滲ませた。涙を拭うと、深々と頭を下げる。
「も、申し訳ございませぬ。https://janessa.e-monsite.com/blog/--79.html https://www.evernote.com/shard/s330/sh/5d4a946b-4aa3-7564-5621-7752158d9900/GTm4QB2Vbj8U6cj05rma-MFjOowBs4_q8DjlJHXpPithC-9vmaDaGeBtwQ https://blog.udn.com/79ce0388/180108912 人違いでございましたか。お恥ずかしゅうございます……。その、貴方様が知人によう似てまして」
「他人の空似という奴ですかね。気にしていませんよ。では、これで」
桜司郎はそう言うと、何処か後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、笑みを浮かべて去ろうとした。
だが、その袖を歌が引っ張る。
「あ、あの。本当に、私のことは知りませんか。御生まれはどちらに……?」
余程似ているのだろうか、歌は諦めきれないといった様子だった。桜司郎は自分に記憶が無いことを伝える。すると、歌は未だ潤んだ瞳で桜司郎を見詰めた。
「記憶が……。そのような事があるのですね。お可哀相に……。そうだ、お時間があれば我が家に来て頂けませんか。母も驚きます故。此方です」
歌はそう言うと、返事も聞かずに先に歩き出す。置いていかれた桜司郎は考える間もなく、その後を着いて行った。このせっかちで天然気質な女性がどうにも赤の他人と思えなかったのだ。 歌について東に向かって歩いていくと、やがて小さな敷地の屋敷が集中するように建ち並んでいた。そこは、将軍の警護を担うや鉄砲組同心などの下級幕臣の住む町、通称はという。
「我が家はこちらです。狭くて申し訳のうございますが……。少々お待ち頂けますか」
思わず着いて来てしまったが、良かったのだろうかと思いつつ桜司郎は辺りを見渡した。
近くには三味線掘と呼ばれる堀があった。上野のから忍川を流れた水が、この三味線堀を経由して、隅田川へと通じていた。堀には船着場があり、木材や野菜、砂利などを輸送する船が隅田川方面から往来している。
下町ならではの生活感、活気、その全てが心を満たしていった。風に誘われるように、どこかの家の庭に植えてある小さな梅の木の香が鼻腔を掠める。
──初めて来た筈なのに、初めてじゃない気がする。どうしてこんなにも懐かしいの。どうして泣きたいような気持ちになるの。
郷愁の念というのはこの様なことを云うのだろうか。理由も分からずに胸がいっぱいになり、鼻の奥が熱い。
やがて、時も経たずに屋敷の中から白髪混じりの女性が出て来た。桜司郎は気配を感じて振り向く。すると、女性は歌と同じようにこれでもかと目を見開いた。
「おうのすけ……。お前さま、生きておられたのですか。にしても、まるで時を止めたかのように見目が変わらないと云うのはどういう事でしょう……。この様なところで立ち話も何です。家へお入りなさいな」
人違いという前に桜司郎は背を押されて室内へ入る。茶を出され、桜司郎は女性──琴と歌の前に正座をして向かい合っていた。
話しを聞いてみると、こうである。
桜司郎によく似た男は"おうのすけ"といい、漢字は桜之丞と書くらしい。近所に住んでおり、この榎本家とは家族ぐるみで親交があった。特にこの歌を許嫁にしようという話しが挙がっていた程である。
だが、十年前の安政の大地震に伴う火事で、人命救助に行くといい飛び出した後、命を落としてしまったという。
「そんなにも私は、その桜之丞さんに似ていますか……?」
大きな目からはポロポロと涙がとめどなく流れ落ちた。勿論面識のない桜司郎は戸惑いながらも首を横に振る。
「その、恐らく人違いではないですか……?私は"おうのすけ"さんという方ではありません」
そう言えば、"歌"と名乗る女性は明らかに落胆の色を滲ませた。涙を拭うと、深々と頭を下げる。
「も、申し訳ございませぬ。https://janessa.e-monsite.com/blog/--79.html https://www.evernote.com/shard/s330/sh/5d4a946b-4aa3-7564-5621-7752158d9900/GTm4QB2Vbj8U6cj05rma-MFjOowBs4_q8DjlJHXpPithC-9vmaDaGeBtwQ https://blog.udn.com/79ce0388/180108912 人違いでございましたか。お恥ずかしゅうございます……。その、貴方様が知人によう似てまして」
「他人の空似という奴ですかね。気にしていませんよ。では、これで」
桜司郎はそう言うと、何処か後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、笑みを浮かべて去ろうとした。
だが、その袖を歌が引っ張る。
「あ、あの。本当に、私のことは知りませんか。御生まれはどちらに……?」
余程似ているのだろうか、歌は諦めきれないといった様子だった。桜司郎は自分に記憶が無いことを伝える。すると、歌は未だ潤んだ瞳で桜司郎を見詰めた。
「記憶が……。そのような事があるのですね。お可哀相に……。そうだ、お時間があれば我が家に来て頂けませんか。母も驚きます故。此方です」
歌はそう言うと、返事も聞かずに先に歩き出す。置いていかれた桜司郎は考える間もなく、その後を着いて行った。このせっかちで天然気質な女性がどうにも赤の他人と思えなかったのだ。 歌について東に向かって歩いていくと、やがて小さな敷地の屋敷が集中するように建ち並んでいた。そこは、将軍の警護を担うや鉄砲組同心などの下級幕臣の住む町、通称はという。
「我が家はこちらです。狭くて申し訳のうございますが……。少々お待ち頂けますか」
思わず着いて来てしまったが、良かったのだろうかと思いつつ桜司郎は辺りを見渡した。
近くには三味線掘と呼ばれる堀があった。上野のから忍川を流れた水が、この三味線堀を経由して、隅田川へと通じていた。堀には船着場があり、木材や野菜、砂利などを輸送する船が隅田川方面から往来している。
下町ならではの生活感、活気、その全てが心を満たしていった。風に誘われるように、どこかの家の庭に植えてある小さな梅の木の香が鼻腔を掠める。
──初めて来た筈なのに、初めてじゃない気がする。どうしてこんなにも懐かしいの。どうして泣きたいような気持ちになるの。
郷愁の念というのはこの様なことを云うのだろうか。理由も分からずに胸がいっぱいになり、鼻の奥が熱い。
やがて、時も経たずに屋敷の中から白髪混じりの女性が出て来た。桜司郎は気配を感じて振り向く。すると、女性は歌と同じようにこれでもかと目を見開いた。
「おうのすけ……。お前さま、生きておられたのですか。にしても、まるで時を止めたかのように見目が変わらないと云うのはどういう事でしょう……。この様なところで立ち話も何です。家へお入りなさいな」
人違いという前に桜司郎は背を押されて室内へ入る。茶を出され、桜司郎は女性──琴と歌の前に正座をして向かい合っていた。
話しを聞いてみると、こうである。
桜司郎によく似た男は"おうのすけ"といい、漢字は桜之丞と書くらしい。近所に住んでおり、この榎本家とは家族ぐるみで親交があった。特にこの歌を許嫁にしようという話しが挙がっていた程である。
だが、十年前の安政の大地震に伴う火事で、人命救助に行くといい飛び出した後、命を落としてしまったという。
「そんなにも私は、その桜之丞さんに似ていますか……?」
2023年12月01日
そこで夢は途切れた。
そこで夢は途切れた。土方の意識が覚醒したからである。
随分と懐かしい夢を見たものだと思いつつ、土方は起き上がり額に手を当てた。
日が明けた頃くらいだろうか、障子の向こうからはほんのりと光が差し込む。烏の鳴き声が何処からか聞こえた。
──あの侍の名は何と云っただろうか。ガキの頃の話だから思い出せねえ。
思えば、あの頃から武士になるために強くなりたいという明確な目標を持ったのだろう。記憶の片隅に押し込める程度の出会いだったが、あれは人生において確かな意味を持っていたのだ。
ぼんやりとした頭を振るい、ふと隣に目を向けると既に桜司郎の姿が無い。https://www.bloglovin.com/@freelancer10/12242671 https://lefuz.pixnet.net/blog/post/120771775 https://janessa.e-monsite.com/blog/--76.html きっちりと寝間着が枕元に畳まれていた。
「あいつ……何処に」
土方は斎藤を起こさないように立ち上がると、寝間着を脱ぎ捨て、着物をサッと着流す。
そして廊下に出た。すると既に起きていた彦五郎と出会す。
「おう、歳三か。随分と早いな。おはようさん」
「おはよう。うちの隊士……鈴木を知らねえか?起きたらもう居なくてよ」
そう問いかけると、彦五郎はアアと声を漏らした。
「稽古がしたいって云うもんだから、うちの道場を勧めたんだが。それは申し訳ないと断られちまってよ。多摩川も悪くねえと思ってそっちを紹介しといたぜ」
相変わらず稽古の虫か、と土方は苦笑いをすると彦五郎へ礼を言って玄関へ向かう。草履を適当に引っ掛けて、直ぐ近くの多摩川へ足を運んだ。
朝陽に照らされて、水面が煌めいている。眩しさに目を細めると、河原で木刀を振るう人影を見付けた。
ここまで真面目に剣術と向き合う奴も珍しいと目を細め、近付いていく。
足音に気付いたのか、桜司郎は額の汗を手で拭い、土方の方をった。
「あ……おはようございます。土方副長」
川を背に笑みを浮かべる桜司郎に、土方はふと無意識のうちに夢の中の男を重ねる。
「……おはよう。お前さんはいつでも真面目だな。何故、そんなに剣術を極めようとするんだ?」
「うーん……。何でしょうね、こうしていると魂が安らぐというか、安心するんです」
そう言って困ったように微笑む桜司郎が土方には眩しく見えた。川の水面に陽光が反射しているからか、桜司郎そのものが眩しいのかは分からない。
そうか、と一言呟くと土方は近くに腰を下ろした。稽古を再開すべきか、それとも戻るべきかと迷う桜司郎へ隣に座るように促す。
桜司郎はその通りに横に座り、川を眺めた。
「どうだ、石田村は。悪かァねえだろ」
「はい。居心地が良いところだと思います。副長のお姉さんもお義兄さんも優しいですし……」
「とく姉さんは俺の親代わりだったからな。姉弟でもあり、親でもあり……。兎に角世話になったんだ」
そう話す土方の横顔は穏やかそのものである。
「親……か」
「お前さんも早く記憶が戻って、おっ母さんや故郷の事……思い出せるといいな」
その声音は今までで一番優しかった。桜司郎は小さく頷くと、抱き抱えた膝に顔を埋める。その日は土方と斎藤は連れ立って、石田村とその周囲の新撰組の後援者達に挨拶回りに行った。
手持ち無沙汰になった桜司郎は縁側で柱に凭れかかり、心地好い春の陽射しを全身で受けている。
遠くに来客を告げる声が聞こえたが、うとうとと船を漕ぎ始めた桜司郎の耳には届いていなかった。
ふと気配がして、寝ぼけ眼を開けると目の前には自分を覗き込む男の姿がぼんやりと映る。
「う、わぁッ!」
それを認識した桜司郎は思わず悲鳴を上げた。男は面白そうに腹を抱えて笑い出す。眉間に刀傷を拵えた、端麗な顔立ちの男はニコリと人懐こい笑みを浮かべた。
「久しぶりッ!鈴木ッ。文届いたよ〜。入隊したんだねッ。嬉しいよ」
随分と懐かしい夢を見たものだと思いつつ、土方は起き上がり額に手を当てた。
日が明けた頃くらいだろうか、障子の向こうからはほんのりと光が差し込む。烏の鳴き声が何処からか聞こえた。
──あの侍の名は何と云っただろうか。ガキの頃の話だから思い出せねえ。
思えば、あの頃から武士になるために強くなりたいという明確な目標を持ったのだろう。記憶の片隅に押し込める程度の出会いだったが、あれは人生において確かな意味を持っていたのだ。
ぼんやりとした頭を振るい、ふと隣に目を向けると既に桜司郎の姿が無い。https://www.bloglovin.com/@freelancer10/12242671 https://lefuz.pixnet.net/blog/post/120771775 https://janessa.e-monsite.com/blog/--76.html きっちりと寝間着が枕元に畳まれていた。
「あいつ……何処に」
土方は斎藤を起こさないように立ち上がると、寝間着を脱ぎ捨て、着物をサッと着流す。
そして廊下に出た。すると既に起きていた彦五郎と出会す。
「おう、歳三か。随分と早いな。おはようさん」
「おはよう。うちの隊士……鈴木を知らねえか?起きたらもう居なくてよ」
そう問いかけると、彦五郎はアアと声を漏らした。
「稽古がしたいって云うもんだから、うちの道場を勧めたんだが。それは申し訳ないと断られちまってよ。多摩川も悪くねえと思ってそっちを紹介しといたぜ」
相変わらず稽古の虫か、と土方は苦笑いをすると彦五郎へ礼を言って玄関へ向かう。草履を適当に引っ掛けて、直ぐ近くの多摩川へ足を運んだ。
朝陽に照らされて、水面が煌めいている。眩しさに目を細めると、河原で木刀を振るう人影を見付けた。
ここまで真面目に剣術と向き合う奴も珍しいと目を細め、近付いていく。
足音に気付いたのか、桜司郎は額の汗を手で拭い、土方の方をった。
「あ……おはようございます。土方副長」
川を背に笑みを浮かべる桜司郎に、土方はふと無意識のうちに夢の中の男を重ねる。
「……おはよう。お前さんはいつでも真面目だな。何故、そんなに剣術を極めようとするんだ?」
「うーん……。何でしょうね、こうしていると魂が安らぐというか、安心するんです」
そう言って困ったように微笑む桜司郎が土方には眩しく見えた。川の水面に陽光が反射しているからか、桜司郎そのものが眩しいのかは分からない。
そうか、と一言呟くと土方は近くに腰を下ろした。稽古を再開すべきか、それとも戻るべきかと迷う桜司郎へ隣に座るように促す。
桜司郎はその通りに横に座り、川を眺めた。
「どうだ、石田村は。悪かァねえだろ」
「はい。居心地が良いところだと思います。副長のお姉さんもお義兄さんも優しいですし……」
「とく姉さんは俺の親代わりだったからな。姉弟でもあり、親でもあり……。兎に角世話になったんだ」
そう話す土方の横顔は穏やかそのものである。
「親……か」
「お前さんも早く記憶が戻って、おっ母さんや故郷の事……思い出せるといいな」
その声音は今までで一番優しかった。桜司郎は小さく頷くと、抱き抱えた膝に顔を埋める。その日は土方と斎藤は連れ立って、石田村とその周囲の新撰組の後援者達に挨拶回りに行った。
手持ち無沙汰になった桜司郎は縁側で柱に凭れかかり、心地好い春の陽射しを全身で受けている。
遠くに来客を告げる声が聞こえたが、うとうとと船を漕ぎ始めた桜司郎の耳には届いていなかった。
ふと気配がして、寝ぼけ眼を開けると目の前には自分を覗き込む男の姿がぼんやりと映る。
「う、わぁッ!」
それを認識した桜司郎は思わず悲鳴を上げた。男は面白そうに腹を抱えて笑い出す。眉間に刀傷を拵えた、端麗な顔立ちの男はニコリと人懐こい笑みを浮かべた。
「久しぶりッ!鈴木ッ。文届いたよ〜。入隊したんだねッ。嬉しいよ」
2023年11月15日
「お前が間者である線もま
「お前が間者である線もまだ捨てちゃいねえからな。妙な交流や行動は慎めってことだ。副長助勤格とは良いぞ」
桜花の脳裏には、道場での沖田と先程の松原の言葉が浮かんだ。
「つまり、沖田さんや松原さんとは良いということでしょうか」
その発言に土方は眉を動かす。
「沖田先生、松原先生と呼べ。https://mathewanderson.asukablog.net/Entry/1/ https://mathewanderson.3rin.net/Entry/1/ https://mathewanderson.animech.net/Entry/1/ ……良いか、お前には関係ねえかも知れねえが。新撰組ではな、役職ってモンがある。一番偉いのが、局長。次に副長。その次に副長助勤だ」
局長は近藤、副長は土方。副長助勤は沖田と松原かと小首を傾げた。
それを察したのか、土方は言葉を続ける。
「局長は頭だからな、近藤さん一人だ。副長は俺ともう一人、って奴がいる。副長助勤はもっと沢山いるが、知る必要はねえ」
とにかく、局長と副長は役職で、副長助勤は先生呼びをするようにと土方は念を押した。
「もし、お前が可笑しな行動をしたら、命は無いと思え。問答無用で斬り捨てる」
「わ……分かりました」
土方の物言いに圧倒され、桜花は何度も頷く。最初から丁寧に扱われるより、これくらいの方が丁度良かった。
「話しはそれだけだ。行って良い。あっ、紙も持っていけ!折角書いたんだから」
置いて行こうとした半紙を土方は半ば無理矢理押し付ける。ごめんなさいと謝る桜花を横目に、背を向けて文机へ向かった。 部屋を出た桜花は足早に八木邸へ戻ろうと、廊下を歩く。そこへいきなり真横の障子が開いた。
「わっ!」
思わず声を上げながら、そちらを見やると背丈の低い目元がぱっちりとした色白の男と目が合う。その後ろの部屋には出しっぱなしの布団や、脱いだ着物が散乱していた。
「アレ、君は誰?もしかして噂の、総司と試合をした子?」
その問い掛けに桜花は神妙に頷く。先程、土方から交流は避けるようにと言われたばかりなのだ。早速破る訳にはいかない。
「ふうん……?どれだけ屈強なオジサンかと思ったら、真逆だねッ。むしろ可愛いというか、のようだよ。……あッ、いきなりごめんね。俺は
。副長助勤サ」
一方的に言うと、藤堂はにっこりと笑った。それは眩しく、どちらが女だと問いたいくらいである。そして副長助勤と聞いて、それなら大丈夫かと安堵した。
「き、今日から八木邸で働かせて頂く、鈴木桜花と言います。よろしくお願いします」
「ねえ、歳は幾つ?同じくらいかな?」
早く立ち去らないと、いつ土方が来るか分からない。ひやひやしていると、藤堂の後ろから斎藤が現れた。
「……おい平助。道の邪魔だ」
「ええー、良いじゃん。君、挨拶した?この子、八木サンとこで働くんだってサ」
その言葉に斎藤は僅かに目元を動かす。まさか自分が捕らえて来た人間が、近くで働くことになるとは思わなかったのだろう。
「……そうか。俺は君と俺は同い年なんだよッ。ちなみに歳は二十」
え、と思わず声が漏れる。二十歳とは思えないほどに藤堂は可愛い容姿をしており、逆に斎藤は大人びていた。思ったより新撰組隊士は若く、自分と年齢があまり変わらないということに桜花は衝撃を受ける。
じろりと斎藤から睨まれ、桜花は慌てて口を押さえた。それを見た藤堂は面白そうに笑いだす。
「大丈夫だよ、皆同じ反応するから」
桜花は斎藤を見る。背丈は高く、凛々しい眉、三白眼に艶やかな黒髪。そして何といっても美声だった。藤堂と斎藤はまるで正反対の容姿をしているが、共通して言えるのは女にモテるだろうということ。
桜花の脳裏には、道場での沖田と先程の松原の言葉が浮かんだ。
「つまり、沖田さんや松原さんとは良いということでしょうか」
その発言に土方は眉を動かす。
「沖田先生、松原先生と呼べ。https://mathewanderson.asukablog.net/Entry/1/ https://mathewanderson.3rin.net/Entry/1/ https://mathewanderson.animech.net/Entry/1/ ……良いか、お前には関係ねえかも知れねえが。新撰組ではな、役職ってモンがある。一番偉いのが、局長。次に副長。その次に副長助勤だ」
局長は近藤、副長は土方。副長助勤は沖田と松原かと小首を傾げた。
それを察したのか、土方は言葉を続ける。
「局長は頭だからな、近藤さん一人だ。副長は俺ともう一人、って奴がいる。副長助勤はもっと沢山いるが、知る必要はねえ」
とにかく、局長と副長は役職で、副長助勤は先生呼びをするようにと土方は念を押した。
「もし、お前が可笑しな行動をしたら、命は無いと思え。問答無用で斬り捨てる」
「わ……分かりました」
土方の物言いに圧倒され、桜花は何度も頷く。最初から丁寧に扱われるより、これくらいの方が丁度良かった。
「話しはそれだけだ。行って良い。あっ、紙も持っていけ!折角書いたんだから」
置いて行こうとした半紙を土方は半ば無理矢理押し付ける。ごめんなさいと謝る桜花を横目に、背を向けて文机へ向かった。 部屋を出た桜花は足早に八木邸へ戻ろうと、廊下を歩く。そこへいきなり真横の障子が開いた。
「わっ!」
思わず声を上げながら、そちらを見やると背丈の低い目元がぱっちりとした色白の男と目が合う。その後ろの部屋には出しっぱなしの布団や、脱いだ着物が散乱していた。
「アレ、君は誰?もしかして噂の、総司と試合をした子?」
その問い掛けに桜花は神妙に頷く。先程、土方から交流は避けるようにと言われたばかりなのだ。早速破る訳にはいかない。
「ふうん……?どれだけ屈強なオジサンかと思ったら、真逆だねッ。むしろ可愛いというか、のようだよ。……あッ、いきなりごめんね。俺は
。副長助勤サ」
一方的に言うと、藤堂はにっこりと笑った。それは眩しく、どちらが女だと問いたいくらいである。そして副長助勤と聞いて、それなら大丈夫かと安堵した。
「き、今日から八木邸で働かせて頂く、鈴木桜花と言います。よろしくお願いします」
「ねえ、歳は幾つ?同じくらいかな?」
早く立ち去らないと、いつ土方が来るか分からない。ひやひやしていると、藤堂の後ろから斎藤が現れた。
「……おい平助。道の邪魔だ」
「ええー、良いじゃん。君、挨拶した?この子、八木サンとこで働くんだってサ」
その言葉に斎藤は僅かに目元を動かす。まさか自分が捕らえて来た人間が、近くで働くことになるとは思わなかったのだろう。
「……そうか。俺は君と俺は同い年なんだよッ。ちなみに歳は二十」
え、と思わず声が漏れる。二十歳とは思えないほどに藤堂は可愛い容姿をしており、逆に斎藤は大人びていた。思ったより新撰組隊士は若く、自分と年齢があまり変わらないということに桜花は衝撃を受ける。
じろりと斎藤から睨まれ、桜花は慌てて口を押さえた。それを見た藤堂は面白そうに笑いだす。
「大丈夫だよ、皆同じ反応するから」
桜花は斎藤を見る。背丈は高く、凛々しい眉、三白眼に艶やかな黒髪。そして何といっても美声だった。藤堂と斎藤はまるで正反対の容姿をしているが、共通して言えるのは女にモテるだろうということ。
2023年11月15日
同級生に親が居ないこと
同級生に親が居ないことをからかわれ、理不尽な痛みに泣いていた。この頃は、人と遊べばからかわれると思い、一人で棒を振って遊んでいた。
それを見ないように進むと、今度は中学生くらいの自分が現れる。
『桜花ちゃんって親戚に育てられているの?お父さんとお母さんはどうしたの?』
『仕事で居ないの。でも、たまに会えるんだよ。大丈夫だよ、私には剣道があるから。寂しいとか思う暇が無いんだよね』
純粋に質問をしてくる友人に対して、https://carinacyrill.blogg.se/2023/november/entry.html https://carina.asukablog.net/Entry/1/ https://johnn.3rin.net/Entry/1/ 親が帰ってくるなどと嘘を吐いては、愛想笑いをしていた。この頃は、剣道で有名になれば親が会いに来てくれるのではないかと信じていた。
そして強くなればなるほど、誰も親のことには触れなくなったのだ。いつの間にか哀れみは賞賛へと変わった。痣が出来るくらいに兄弟子から稽古と称して叩かれようが、虐げられようが、桜花はもう泣かなくなった。
やがて場面は暗闇から小さな神社へと移る。何やら詳しくは知らなかったが、有名な刀が奉納されているという噂があった。
『お願いします、私を愛してくれる人に出会えますように。もう一人は嫌なんです』
そう願いを込めた瞬間、コツンと頭へ御守りが落ちてくる。摩訶不思議な現象だったが、御利益がありそうだと、肌身離さず持ち歩くようになった。
だが、一向にそのような人は現れない。むしろ、幼い時に見ていた夢を毎日見るようになった。時代劇のような世界、そして夢の中の自分へ慈しみを込めて優しく語りかける人々。
いつしか、それに対して愛憎の念を抱くようになった。この夢のせいで両親は自分を捨てた。しかし、夢の世界では誰も虐げて来ない。だが所詮は夢に過ぎないのだ。
──だから、私はそれを終わらせようとした。
なのに。私は今も夢を見ているのだろうか。長くて、嘘のようなのに本当の夢を見ているのか。
それなら、覚めない方が幸せなのかもしれない。覚めさせようとしている私なんて消えてしまえばいい──
そう思った刹那、身体が揺り起こされた。 重い目蓋を開けると、そこには木目の天井が広がっている。額には冷たい手拭いが乗せられ、胴も小手も付けたまま布団へ横になっていた。
「あッ、目が覚めましたか?良かった」
もぞもぞと動く気配を察してか、沖田が桜花の顔を覗き込んだ。そして申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「……すみませんでした。つい、楽しくなっちゃって。久々に、本気でやって良いと言ってくれる人が現れたものだから……」
「……だい、じょ、ぶ、です」
大丈夫だと言おうとするが、喉が掠れて言葉がたどたどしかった。
「そうだ、良い物があります。口を開けて下さい」
言われるがままに口を開けると、沖田は懐から小さな袋を取り出す。するとそこから小さな飴を摘んでは、桜花の口内へ入れた。
「のど飴です。きっと良くなりますよ」
にこりと優しげな笑みを浮かべる沖田には、先程の鬼神のような迫力は無い。別人なのではないかと思うほどに、穏やかだった。
「……有難うございます」
「そうだ、目を覚ましたことを伝えて来なきゃ。待ってて下さいね」
沖田はそう言うと、立ち上がる。ほんのりとした飴の甘味を感じながら、桜花は部屋を出て行こうとする背に向かって話し掛けた。
「あの!」
「……はい?」
「あの、またお手合わせして頂けませんか。次も、全力で」
その言葉に、沖田はみるみる嬉しそうな表情になる。
「勿論です。よろしくお願いします」
そう言い残し、パタパタと部屋から出て行った。桜花は天井へ目を向けると、目蓋を閉じる。その裏には、沖田の攻撃を受けて吹っ飛ばされた時の光景が浮かんでいた。
──まるで踏み込んだ足すら見えなかった。気付けば突きが目の前に迫っていて、避けようと考える間もなく身体が浮いていた。
そもそも突き自体がかなり難しい技だと言うのに、沖田は難なく正確にやってみせている。しかもあの技力。
「……良いなあ」
桜花はポツリと呟いた。
「何が良いんだ?」
そこへスッと障子が開き、近藤と土方が入ってくる。桜花は慌てて起き上がろうとするが、それは制された。
「お前さん、頭を
それを見ないように進むと、今度は中学生くらいの自分が現れる。
『桜花ちゃんって親戚に育てられているの?お父さんとお母さんはどうしたの?』
『仕事で居ないの。でも、たまに会えるんだよ。大丈夫だよ、私には剣道があるから。寂しいとか思う暇が無いんだよね』
純粋に質問をしてくる友人に対して、https://carinacyrill.blogg.se/2023/november/entry.html https://carina.asukablog.net/Entry/1/ https://johnn.3rin.net/Entry/1/ 親が帰ってくるなどと嘘を吐いては、愛想笑いをしていた。この頃は、剣道で有名になれば親が会いに来てくれるのではないかと信じていた。
そして強くなればなるほど、誰も親のことには触れなくなったのだ。いつの間にか哀れみは賞賛へと変わった。痣が出来るくらいに兄弟子から稽古と称して叩かれようが、虐げられようが、桜花はもう泣かなくなった。
やがて場面は暗闇から小さな神社へと移る。何やら詳しくは知らなかったが、有名な刀が奉納されているという噂があった。
『お願いします、私を愛してくれる人に出会えますように。もう一人は嫌なんです』
そう願いを込めた瞬間、コツンと頭へ御守りが落ちてくる。摩訶不思議な現象だったが、御利益がありそうだと、肌身離さず持ち歩くようになった。
だが、一向にそのような人は現れない。むしろ、幼い時に見ていた夢を毎日見るようになった。時代劇のような世界、そして夢の中の自分へ慈しみを込めて優しく語りかける人々。
いつしか、それに対して愛憎の念を抱くようになった。この夢のせいで両親は自分を捨てた。しかし、夢の世界では誰も虐げて来ない。だが所詮は夢に過ぎないのだ。
──だから、私はそれを終わらせようとした。
なのに。私は今も夢を見ているのだろうか。長くて、嘘のようなのに本当の夢を見ているのか。
それなら、覚めない方が幸せなのかもしれない。覚めさせようとしている私なんて消えてしまえばいい──
そう思った刹那、身体が揺り起こされた。 重い目蓋を開けると、そこには木目の天井が広がっている。額には冷たい手拭いが乗せられ、胴も小手も付けたまま布団へ横になっていた。
「あッ、目が覚めましたか?良かった」
もぞもぞと動く気配を察してか、沖田が桜花の顔を覗き込んだ。そして申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「……すみませんでした。つい、楽しくなっちゃって。久々に、本気でやって良いと言ってくれる人が現れたものだから……」
「……だい、じょ、ぶ、です」
大丈夫だと言おうとするが、喉が掠れて言葉がたどたどしかった。
「そうだ、良い物があります。口を開けて下さい」
言われるがままに口を開けると、沖田は懐から小さな袋を取り出す。するとそこから小さな飴を摘んでは、桜花の口内へ入れた。
「のど飴です。きっと良くなりますよ」
にこりと優しげな笑みを浮かべる沖田には、先程の鬼神のような迫力は無い。別人なのではないかと思うほどに、穏やかだった。
「……有難うございます」
「そうだ、目を覚ましたことを伝えて来なきゃ。待ってて下さいね」
沖田はそう言うと、立ち上がる。ほんのりとした飴の甘味を感じながら、桜花は部屋を出て行こうとする背に向かって話し掛けた。
「あの!」
「……はい?」
「あの、またお手合わせして頂けませんか。次も、全力で」
その言葉に、沖田はみるみる嬉しそうな表情になる。
「勿論です。よろしくお願いします」
そう言い残し、パタパタと部屋から出て行った。桜花は天井へ目を向けると、目蓋を閉じる。その裏には、沖田の攻撃を受けて吹っ飛ばされた時の光景が浮かんでいた。
──まるで踏み込んだ足すら見えなかった。気付けば突きが目の前に迫っていて、避けようと考える間もなく身体が浮いていた。
そもそも突き自体がかなり難しい技だと言うのに、沖田は難なく正確にやってみせている。しかもあの技力。
「……良いなあ」
桜花はポツリと呟いた。
「何が良いんだ?」
そこへスッと障子が開き、近藤と土方が入ってくる。桜花は慌てて起き上がろうとするが、それは制された。
「お前さん、頭を
2023年11月15日
か。んで、何故昨日は新
か。んで、何故昨日は新撰組から逃げた?逃げさえしなければ、捕まることも無かったろう」
「それは……」
高杉から新撰組について聞いていたからだとは言えない。
「あのような剣幕で追い掛けられたら、誰だって逃げたくなるというか……。それに、私……刀の鞘で人の頭を殴ってしまったので」
「そりゃあそうだ。うちは君と違って、https://carinacyril.blogg.se/2023/november/entry.html https://paul.asukablog.net/Entry/1/ https://paul.3rin.net/Entry/1/ 面構えが怖い男共が多いからなァ。して、頭を殴ったとは?」
「ええと、新撰組……の人に斬りかかろうとしていたので。こう、落ちていた鞘で……」
桜花は面を打つ素振りをして見せた。すると近藤は愉快そうに声を上げて笑う。だが直ぐに土方に睨まれては大きな肩を竦めた。
「……歳。この素直な坊やは本当に何も無いと思うぞ。しかもそれどころか、うちの隊士の命の恩人じゃないか」
鶴の一声ならぬ、近藤の一声に土方はううんと唸りながら、大きく息を吐く。
「近藤さんが言うなら……。だが……」
「うむ。良かったな、坊や。それにしても、君の居住まいと言葉遣いには気品がある。名のある家の子なのだろう。早く、御家族と会えると良いな」
近藤は感心したように言うが、特別なことは何も無かった。ただ未来の教育の賜物というだけである。
「……家族。そうですね」
ちくりと胸の奥が痛むのを感じつつ、桜花は愛想笑いを見せた。
「それにしたって、島原とは。がどんな所か分かって言ってんのか?」
「分かりませんが……、京で情報が集まる場所だと聞きました。そこで下働きをすれば、いつかは同じ境遇の人と出会えるだろうと」
曇りなき目でそう言う桜花を見て、近藤と土方は目を合わせる。土方に至っては、溜め息すら吐いていた。
「……どんな意地の悪い御仁に教えられたかは知らねえが、お前さんのような世間を知らなそうな奴が、下働きなんざする場所じゃねえよ。色街だ。ん、分かるか?綺麗なが、男を相手に接待をするんだ」
「いろまち……」
「そうだ。江戸と京では、ちっとばかし異なるがな。江戸で云うところの、だよ。女を抱く場所だ。まあ、京では酒を楽しむ意味合いが強そうだが」
女を抱く、と脳裏で繰り返してはその意味がやっと分かったのか、みるみる顔を赤らめる。
その様子を見た近藤は、何かを考え込んだ。「……そうだ、君。良ければうちで下働きをしないか」
その言葉に驚いたのは桜花だけではなく、土方も同様である。形の良い、切れ長の瞳を見開いていた。
「近藤さん!何を考えてんだよッ。こんな素性の知れねえ奴をうちに置ける訳が無ェだろうッ」
「正しくは、八木さんの所だよ。前川さんは一家揃って引越しちまったが、八木さんは未だに住んでいる。俺らの活動が広がるにつれて、不逞な輩に狙われちまうかも知れないじゃないか」
八木とは、この前川邸と同じく新撰組へ自宅を屯所として貸した一家を指す。前川邸と異なるのは、未だに住み続けているということである。そこの下働き兼護衛として桜花を住まわせようと云うのだ。
「手のかかるヤンチャな坊主が居るのに、俺らの面倒まで掛けているからなァ。申し訳なくて」
そう言うと、近藤は土方の袖を引き、耳元へ口を寄せる。
「──よく考えてみろ。この育ちの良さそうな振る舞い……、もし幕府のお偉いさんのご子息だったらどうする。当面、行動には見張りを付ければ良い。間者だったらその場で斬れば良いだけじゃねえか」 思えば、高杉も同じようなことを言っていたなと思い出す。だが、他人の空似など良くある話だ。この世に三人は自分とそっくりな人間がいると言われるくらいなのだから。
「嘘を吐いていないことを前提とすると、お前さんはさしずめそれに、と近藤は桜花の手元を見た。
「それは……」
高杉から新撰組について聞いていたからだとは言えない。
「あのような剣幕で追い掛けられたら、誰だって逃げたくなるというか……。それに、私……刀の鞘で人の頭を殴ってしまったので」
「そりゃあそうだ。うちは君と違って、https://carinacyril.blogg.se/2023/november/entry.html https://paul.asukablog.net/Entry/1/ https://paul.3rin.net/Entry/1/ 面構えが怖い男共が多いからなァ。して、頭を殴ったとは?」
「ええと、新撰組……の人に斬りかかろうとしていたので。こう、落ちていた鞘で……」
桜花は面を打つ素振りをして見せた。すると近藤は愉快そうに声を上げて笑う。だが直ぐに土方に睨まれては大きな肩を竦めた。
「……歳。この素直な坊やは本当に何も無いと思うぞ。しかもそれどころか、うちの隊士の命の恩人じゃないか」
鶴の一声ならぬ、近藤の一声に土方はううんと唸りながら、大きく息を吐く。
「近藤さんが言うなら……。だが……」
「うむ。良かったな、坊や。それにしても、君の居住まいと言葉遣いには気品がある。名のある家の子なのだろう。早く、御家族と会えると良いな」
近藤は感心したように言うが、特別なことは何も無かった。ただ未来の教育の賜物というだけである。
「……家族。そうですね」
ちくりと胸の奥が痛むのを感じつつ、桜花は愛想笑いを見せた。
「それにしたって、島原とは。がどんな所か分かって言ってんのか?」
「分かりませんが……、京で情報が集まる場所だと聞きました。そこで下働きをすれば、いつかは同じ境遇の人と出会えるだろうと」
曇りなき目でそう言う桜花を見て、近藤と土方は目を合わせる。土方に至っては、溜め息すら吐いていた。
「……どんな意地の悪い御仁に教えられたかは知らねえが、お前さんのような世間を知らなそうな奴が、下働きなんざする場所じゃねえよ。色街だ。ん、分かるか?綺麗なが、男を相手に接待をするんだ」
「いろまち……」
「そうだ。江戸と京では、ちっとばかし異なるがな。江戸で云うところの、だよ。女を抱く場所だ。まあ、京では酒を楽しむ意味合いが強そうだが」
女を抱く、と脳裏で繰り返してはその意味がやっと分かったのか、みるみる顔を赤らめる。
その様子を見た近藤は、何かを考え込んだ。「……そうだ、君。良ければうちで下働きをしないか」
その言葉に驚いたのは桜花だけではなく、土方も同様である。形の良い、切れ長の瞳を見開いていた。
「近藤さん!何を考えてんだよッ。こんな素性の知れねえ奴をうちに置ける訳が無ェだろうッ」
「正しくは、八木さんの所だよ。前川さんは一家揃って引越しちまったが、八木さんは未だに住んでいる。俺らの活動が広がるにつれて、不逞な輩に狙われちまうかも知れないじゃないか」
八木とは、この前川邸と同じく新撰組へ自宅を屯所として貸した一家を指す。前川邸と異なるのは、未だに住み続けているということである。そこの下働き兼護衛として桜花を住まわせようと云うのだ。
「手のかかるヤンチャな坊主が居るのに、俺らの面倒まで掛けているからなァ。申し訳なくて」
そう言うと、近藤は土方の袖を引き、耳元へ口を寄せる。
「──よく考えてみろ。この育ちの良さそうな振る舞い……、もし幕府のお偉いさんのご子息だったらどうする。当面、行動には見張りを付ければ良い。間者だったらその場で斬れば良いだけじゃねえか」 思えば、高杉も同じようなことを言っていたなと思い出す。だが、他人の空似など良くある話だ。この世に三人は自分とそっくりな人間がいると言われるくらいなのだから。
「嘘を吐いていないことを前提とすると、お前さんはさしずめそれに、と近藤は桜花の手元を見た。