京つう

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2024年01月30日

「あの!今日はちょっと急いでて…。」

「あの!今日はちょっと急いでて…。」


折角お会いしたのに申し訳ないと眉を垂れ下げてぺこぺこ頭を下げた。


『こちらも急いであなたを連れ出したいんですけどね。それにしても化けたなぁ。』


久坂は弱々しく床で横たわっていた姿から想像もつかないと感心した。
だが久坂も悠長にしていられない。何せ桂に見つかる前に三津を攫わなきゃならないから。



「おや,お三津さん帯が少し歪んでしまっていますよ。」 http://johnsmith786.zohosites.com/ https://carinacyril.livedoor.blog/archives/1729889.html http://carinacyril.blogg.se/2024/january/entry.html

「えっ嘘!」


三津は体を捻って帯を確認しようとした。


「この人ですからね。ぶつかってしまったのかもしれません。直して差し上げますのでこちらへ。」


久坂が手招きすると三津は素直について来た。


『簡単な娘で助かる…。全く稔麿にも参ったね。』


吉田に唐突に言われたのだ。"三津を攫って来て欲しい"と。


『別に難しい事じゃないよ。桂さんの邪魔をしたいだけ。でも俺が連れ出そうとしても約束があるの一点張りでついて来ないだろうけど玄瑞ならちょっと声をかければ付ついて来る。』


そう言って笑う吉田を思い出していた。全くその通りでこの娘は大丈夫か…とさえ思った。


後は連れて帰るだけ。早々にこの場から離れようとしたのだが,


「えっ!お三津!?」


思わぬ邪魔が入った。


「……藤堂さん!!」


『げっ!』


藤堂と言えば新選組の中でも幹部じゃないか。久坂にとっても相手が悪い。


「わぁわぁ綺麗すぎてびっくりした!どうしたの!?」


『土方さんに続いて藤堂さんまで……。』


綺麗だと褒められているのにちっとも嬉しくない。桂の安否がより心配になっただけでまたも泣きそうになる。


藤堂の周りには何人か見た事のある顔がいて巡察中なのが分かった。


「どうしたの泣きそうな顔して…。一人?迷子?」


「いや今は先生と…あれ?先生?」三津が振り返ると久坂の姿は忽然と消えていた。
だけども今はそれどころではない。


「何?誰かとはぐれちゃったの?」


『正式にはこれから会うんだけど…。』


何も説明出来ないし何より非常に面倒な事態。三津は口をへの字のままにこくこくと頷いた。


「あちゃ。きっと相手も探してるだろうね。でもこう言う時はあんまり動かず目立つ場所で待ってる方がいいよ?」


『待ちたいけど目立ちたくない…。』


そして待ち合わせ場所に行きたい。


「見つかるまで一緒に居てやるよ!」


「それはアカン!」


それだけは一番駄目だと思うが故に即答してしまった。
しまったと思って両手で口を塞いで藤堂を見ると,きょとんとしてしまっていた。


「えっ何で?」


「あのその…藤堂さんお仕事中やのに私の私情に巻き込む訳には…。」


しどろもどろに苦しい言い訳を並べておどおどしていると藤堂はなぁんだ!と笑った。


「隊務の事心配してくれてたの?それなら大丈夫だよ。事情説明して別行動すればいいだけだから!」


『いや,そうやないんやけど…。』


藤堂と一緒に居たんじゃ待ち合わせ場所に行くどころか桂に会う事は出来ない。


「大丈夫!一人で大丈夫!」


もう言い訳が思い付かないから心配いらないと目で訴えた。


「そう?今長州の奴らが彷徨いてるらしいから気を付けなよ?」


「え!見たんですか!?」


遅かったもう見つかってしまったらしい…。三津は両手で頬を覆って青ざめた。


「だから土方さんおったんや…。」


「お三津土方さんに会ったの?」


これも縦に首を振って答えた。ぶつかって肩を掴まれて怖かったと訴えた。


「そっか。お三津は長州側に顔が知れてるし土方さんや俺らと一緒に居る方が危ないかもね。」


また土方の女と間違えられちゃ困るねと苦笑いを浮かべた。


「いえ!心配してくれてありがとうございます!藤堂さんもお…お気を付けて!」


「うん!じゃあまたね!」


最後は無邪気に笑った藤堂を三津も笑顔で見送った。


『お仕事頑張って…って言えんかったな…。』


彼らが頑張れば大好きな人とその仲間が傷付く事になってしまう。
  

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2024年01月29日

喉を鳴らしながら近付くと大きな子

喉を鳴らしながら近付くと大きな子供の目が点になる。


「吉田さん!また抜け出して!?」


「まさか!優秀な友達のお陰で自由の身だよ。それよりもこの俺を差し置いて誰と初詣に行ったの?怒らないから言ってごらん?」


気持ち悪いほど満面の笑みを浮かべる吉田がじわりじわりと詰め寄り,危機感を覚えた三津は二歩,三歩と後退り。
その間で宗太郎が交互に二人の顔を見た。


「見…見てはったん?」 https://carinacyrill.blogg.se/2024/january/entry.html https://carina.asukablog.net/Entry/3/ https://johnn.3rin.net/Entry/3/


「俺の優秀な友達がね。たまたま初詣に行ったら君が子供と斎藤一と仲良く親子のように歩いてるのを見たってね。」


「さ…斎藤さんとはたまたま会っただけで!」


「せやで。斎藤は俺が見つけたんや。」


宗太郎が吉田の前に立ちはだかり三津に近付くなと言わんばかりに睨み付けた。


「こら宗,吉田さんはうちのお客さんやねんから。」


そんな顔しないのと言ったがあからさまに不信感を抱いた目で吉田を見ていた。


「へぇ…たまたま会っただけなの。まぁ子供もそう言ってるし間違いないだろうね。口裏合わせなんてする訳ないだろうし。」


それなら許すとふんぞり返った。


「吉田さんの方こそお友達がたまたま初詣ってホンマに?」


「珍しく疑うんだね?」


「だって…。」


あんな事があった後だから,逃げ出した自分をまた捕まえる機会を窺ってるのではと思う。
あの時三津が間者でも土方の女でもないと言っても分かってくれたのは桂と吉田だけ。いくら吉田の友達と言えど,すんなり信じてくれる保証はない。


「三津いじめんなや。」


三津がしゅんとしてしまったから宗太郎は吉田に敵意を剥き出しにした。


「宗!ちゃうねん,ちょっと吉田さんとお話しあるからみんなと遊んどって?」


『ちょっとお話し?ちょっとじゃ済まないんだけど俺は。』宗太郎の前では話難くて二人で離れたものの,また誰かに見られてるのではと三津は挙動不審。きょろきょろと周囲を見渡す。


「やたら警戒するね。今更だけど。」


余計に目立つし怪しまれるから止めてくれと三津の頭を鷲掴みにした。


「そりゃしますよ。吉田さんのお友達も私の事監視してはったんでしょ?」


『斎藤さんの言ってた殺気はきっとそのお友達さんやわ…。』


そしてそのお友達とやらが帰って自分の事をなんて伝えたのか。


「そうそうちゃんと甘味屋で普通の生活出来てるか確認してもらってたの。
それに三津は偉いね,新選組だけじゃなく他のみんなにも長州藩士に拐われたって言わなかった。」


鷲掴みにした手で今度は偉い偉いと撫でてやった。


「そりゃ…。迷惑かけたくないもん…。」


吉田の様子から悪いことは言われてないのかな?と思い少しほっとしたが,吉田はムッとした。


『はいはい,桂さんの邪魔者にはなりたくないんだよね。』


それに加えて宗太郎に店のお客と紹介されたことが気にくわなかった。
桂の事は何と紹介するんだ?と考えると胸の辺りがモヤモヤする。だから口調も少しばかりきつくなる。


「斎藤一もたまたまだと思う?」


油断も隙もない奴らばかりだと吐き捨てた。
そう言われて押し黙る三津。確かに一人で壬生から離れた神社にお詣りなんて不自然だもの。


『三津を連れ戻すために様子窺いに来てるのかそれとも斎藤一の個人的な事情か…。』


頭を抱えて唸る三津を横目で眺めながら考える。斎藤が居た理由が後者であって堪るものか。


「そうなんですよね…。斎藤さんってよく私の近くに居てるんですよ…。もしかしたら今も居るんじゃ!?吉田さん!逃げて下さい!」


「やだね。」


さっきまで優しく頭を撫でた手で三津の頬をつねり上げた。


「向こうは俺の事なんて知らないよ。だからもし何かあっても私の良い仲の人って答えてればいいんだよ。何の問題もない。」


「いや問題しかないです。良い仲って何ですか。」



口を尖らせ抗議する三津に吉田の口角がきゅっと上がる。
それから頬をつねり上げていた手が輪郭をなぞるように顎に添えられ,三津の視界は吉田の顔だけになった。
  

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2024年01月24日

「あの明日から十日間甘味屋に帰

「あの明日から十日間甘味屋に帰るんで仕事やってしまわんとアカンのやけど…。」


「十日ですか。土方さんも随分と思い切りましたね。」


三津は頭を冷やせと言われた事を説明した。
正直考え直せるかは分からないと不安も吐露した。


「土方さんは切腹を考え直してはくれないんやろうけど…。」 http://jennifer92.livedoor.blog/archives/34871682.html https://note.com/ayumu6567/n/n313699d40ed2?sub_rt=share_pb https://community.joomla.org/events/my-events/yatto-bu-wuni-tireta-zhai-tengga-zhang-ziwo-kaikeruto.html


「切腹は武士にとって名誉ある死ですからねぇ。」


それには三津も渋い表情を浮かべた。


「死ぬ事に名誉なんてないでしょ…。
別に罰なら他にも何かあるでしょ?
切腹の必要はないやんね?」「もう決まった事ですし,私は近藤さんと土方さんに従います。
斬首でなく切腹出来る事は武士には誉れです。
これも考えがあっての規律ですから,だからね三津さん…。」


――あなたにはここの女中は勤まりません。
もうそのまま甘味屋の看板娘に戻って下さい。


自分も人を殺める人間だ。切腹の介錯も務める。
だから存分に嫌って,目の前から姿を消して。


そう告げたかった。
それで嫌われてしまいたかった。


「もし危険な状況になって,逃げられるかもしれへんのに逃げたりはせんの?」


でも三津は言葉を遮って,言わせてくれなかった。
思いつめた顔で総司をじっと見つめた。


「敵前逃亡は武士道に反します。どちらにせよ切腹です。死は免れません。」


「ホンマに…死ぬ事に躊躇いはないんや?」


「そうじゃなきゃ武士にはなれませんよ。」


どうにか三津に軽蔑されたくて他人事のような,突き放した口調になる。


土方は三津を手離す気はないようだ。だったら帰って来ないようにするまで。


『三津さんはここに居る限り苦しみ続けるんだ…。
私達とは理解し合えない。』


三津の目が次第に潤みだした。
ここで一発土方を殴ったように平手を見舞ってくれたらと,ぐっと歯を食いしばった。


「沖田さんも…。」


三津は涙が零れないように少し上を向いたり,瞬きをするのも慎重になった。


『私の事も酷い奴って言うのかな。』


その言葉を望んでいるのに,腹は括ったのに,気持ちはそうじゃない。
自分の真意を,立場を分かって欲しいと僅かな希望を秘めている。


「沖田さんも私を置いて逝ってしまうん?」


三津の視界はぼやけて,どんどん総司が滲んでいく。
遺される方の気持ちを考えてはくれないんだと思うともう我慢出来なかった。


「ごめん!胸借りる!」


たまらず総司の胸に飛び込んだ。
涙は止められないけど,必死に嗚咽は喉の奥に押し止めた。


『自分で胸を貸しますなんて言っといて,どうしたらいいのか…。』


総司は両手を宙にさまよわせて三津の背中に回しかけては引っ込めた。


三津は生きて傍に居て欲しいと願う。
でも総司は明日の我が身さえ保証されない。


慰められない。守ってあげるなんて軽々しく言えない。


『きっとこれが最初で最後だ…。』


総司は包み込むように三津を抱き締めた。「じゃあ…ご迷惑おかけしますが…。」


見送りに来てくれた隊士達一人一人の顔を見渡してから,ぺこりと頭を下げた。


「ゆっくり休んでくれよ。」


「いや,でも早く帰って来て欲しい気もするんだがなぁ。」


三津の出立を阻むように周囲を囲んだ。
その中に土方と総司の姿が無いのが,三津にとって何だか寂しくもあった。


「これじゃあ埒があかん。行くぞ。」


斎藤は三津の腰にそっと手を添えて自然に歩き出させた。
密着する程の距離をまざまざと見せつけながら屯所を出た。


『斎藤さんめ…態とだな…。』


「そんな目で睨むぐらいなら堂々と見送りに行きゃあ良かっただろうが。」


物陰に隠れて覗き見ていた総司の頭上から土方の声が降ってきた。


「それが出来ないからここに居るんです。私には三津さんの傍に居る資格はないんです。」


ふいっと顔を反らして哀愁漂う背中を向けた。
  

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2024年01月23日

翌日予定通り,隊士の切腹は執り行われた

翌日予定通り,隊士の切腹は執り行われた。
斎藤が介錯を引き受けたと聞いた。


切腹した隊士を悼んで涙する者,自分はああなるまいと表情を堅くする者。
その後の反応はさまざまで三津は勿論涙する側。


「お三津ちゃんもう泣きやみなって…美人さんが台無しだからさぁ…。」


一応人目を忍んで庭の隅でうずくまって泣いていたのに,いつの間にやら隊士達に慰められていた。


「あい…でも止まらないんです…。」 https://classic-blog.udn.com/79ce0388/180281635 https://classic-blog.udn.com/79ce0388/180281643 https://freelancer.anime-voice.com/Entry/68/

顔をくっしゃくしゃにして,ぐずぐず鼻を啜りながらボロボロ泣いた。


「お三津ちゃんはこんなに優しいのによぉ…。」


「あぁ,幹部の連中は涙流す所か表情一つ変えやしねぇ…。」


血も涙もない奴らだと,隊士達はぼやいた。


『あ…否定出来ないや…。』


前ならみんなの人柄も知らないでそんな事言わないで。
そう言って怒ったと思う。


なのに今の三津には身内が言う悪口をも,その通りだと思えてしまった。


『人の命何やと思ってるんやろ…。
命より大事なもんあったら教えてよ…。』


本当に人が死ぬのを何とも思わないのかと疑ってしまった。
初めて彼らとの間に温度差を感じた。


彼らの本当の姿がどれだか分からなくなった。
もやもやした気持ちで仕事に向かった。


「いやっ,お三津ちゃん何ちゅう顔してんの!」


泣き疲れた顔をたえに両手で挟まれた。
ちゃんと顔は洗って来たんだけど思った以上に酷い顔らしい。


「もうちょっと休んどき。」


台所を追い出されそうになったのを踏みとどまった。


「もう十分泣いたんで気は済みました。」


へらへら笑ってみせるけど,内心は複雑で,女中の仕事を離れて土方の元に行くのが嫌なのが正直な所。


「自分の部屋に戻りぃな。」


たえは三津の心を見透かしたように笑って背中を叩いた。
ここは素直に甘えようと三津は頷いて台所を出た。




ぼーっとしながら部屋に向かって歩いていると竹刀を振る音が聞こえて来た。


その音がする方を見ると稽古に励む隊士の姿が目に飛び込んで来た。


「うっ…!!」


吐き気に襲われ両手で口を覆い,そのまましゃがみ込んだ。


何度も繰り返される素振りに,新平が斬られる瞬間が重なった。


どうしてこんなに鮮明に思い出せるんだろう。


身を切り裂いた音,地面に滴る血,うつ伏せに倒れてしまった彼。新平を忘れたくはないけど,彼の変わり果てた姿は思い出したくない。


じわじわと地面に染み込んでいく血が脳裏に浮かぶと血生臭さまで思い出す。
今,目の前に夥しい血が流れてるみたいに。


「うっ,うぇっ…!!」


激しく嘔吐いてその場にうずくまった。


「お三津ちゃんどうした!?」


側にいた隊士に背中をさすられるけど嗚咽は止まらない。


「大…丈夫…。おっかしいなぁ…はは…。」


込み上げてくるものを抑えて笑って見せる。


「大丈夫やから誰にも言わんとって下さいね。」


青白い顔をしながら笑ってみせて,ふらふら部屋に戻った。


何にもない部屋に寝転がって少し吐き気は落ち着いた。
畳の匂いに気が紛れていった。


久しぶりに号泣したせいか,凄く体力を消耗した気がする。目を閉じてすぐに眠りに堕ちた。





夢を見た。新平が笑顔で手招きをしている。
嬉しくてすぐに駆け寄って彼に抱きついた。


しっかりとした腕が自分を抱きしめてくれるのを感じながら,広い胸に顔を埋めた。


彼の匂い,彼の温もり,あぁ私幸せだ。


「新ちゃん,大好き。」


両腕に力を込めてぎゅっと抱きしめる。


その手にぬるっとした感触がした。凄く嫌な感触だった。


すると抱きしめてくれていた腕が解かれていく。


「新ちゃん?」


三津の呼びかけに答える事なく新平の体はぐらりと揺らいだ。
そのまま三津の腕からすり抜けて,倒れてしまった。
  

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2023年12月29日

やたら愛想のいい溌剌とし

やたら愛想のいい溌剌とした笑顔で部屋に入って来たのは山崎。


「あ!斎藤さんのお友達!」


一度会った人は忘れない。
これも甘味屋で身に付いた三津の特技。


三津が覚えていた事に機嫌をよくして,図々しくもたえを押しのけて三津の前に座り込んだ。


山崎の馴れ馴れしい態度にたえは怪訝な目を向ける。http://jennifer92.livedoor.blog/archives/33683915.html https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/12/26/191350?_gl=1*h6ze4a*_gcl_au*MTYyMjM0Mjc5LjE3MDExNzAxMjA. https://travelerbb2017.zohosites.com/
それに対しても恐い顔しなさんな,と陽気に振る舞った。


「ちょうどええ薬持って来てるねん。見せてみ。」


山崎はかすり傷から打撲まで,全ての傷を診てから,足首に手を伸ばした。


「こんなに腫れて……。姉さん桶一杯に冷たい水用意してくれへん?」


頼みますと笑う顔も清々しい。
と三津は思ったけど,たえは相変わらず疑いの眼差し。
変な事してくれるなよと視線を突き刺して部屋を出た。


「それにしても女子がこんな生傷作って…。何しはったん?」



山崎は手際良く消毒を始めた。
思ったより繊細で手際がいいのに感心しながら,ヒリヒリした痛みに悶えた。


「知らない人に追い掛けられたんです。それで思いっきり転けたんです。」


それも道のど真ん中で。色んな人にも見られて恥ずかしかったんだと愚痴を零した。


「それは災難やったなぁ。」


「そうなんです。私を土方さんの女やと思ってて,勘違いやって言っても聞いてくれへんし,土方さんには帰り道ずぅーっと馬鹿って言われるし……。
それに傷はめっちゃ痛いし……。」


あちこちに出来た傷はじんわりと疼いて,襦袢が擦れる度にヒリヒリしてくる。


でも痛みなんてそのうち無くなる。
痛みよりもしぶとく体に残るのは恐怖の方。
それは目には見えなくて,ふとした時に現れる。


「……怖かったやろ。」


ぼーっと手当てを施す手ばかりを見つめていたら,その手が不意に頬に触れて来た。


『怖かったけど…。何が怖かったんやろ…。』


全てはあっという間だった。
男たちに囲まれた時はびっくりした。
土方の女と間違われてムッとした。


追っかけられた時はただただ必死だった。
捕まった時は転んだ恥ずかしさと痛みに耐えてた。


土方が現れた時はほっとした。
でも頃合を見計らってたみたいで釈然としなかった。


それから瞬く間もなく,片は付いた。
三津の頭の中は真っ白だった。


足元に広がる血溜まりだけが鮮やかで,その中には顔色一つ変えない土方。




人が斬られるのを目の当たりにしたのは二回目だった。


一回目は新平が斬られた時。


その時は,刀を向けられた恐怖に泣いた。
愛しい人を傷付けられた事に泣いた。
愛しい人を守れなかった事に泣いた。





今回は自分のよく知る人物が,人を斬った。


斬られるのではなくて,斬るのを見た。


土方の一振りは三津を助ける為の一振りで,彼が人を斬るのも日常茶飯事。


三津だってそれは分かってる。分かっていても土方が血を浴びる様を見たくなかった。
平静を貫いた姿に,堪らなく胸が苦しくなった。


「怖かった…。」


身を斬る音,飛び散る血,悲痛な声,それを創り出した人物。
初めて土方を怖いと思った。


『やっぱり私は刀を振る土方さんを…新選組のみんなを受け入れられへんのかもしれへん。』


人を斬るだけが彼らの全てじゃないのに。
それ以外の部分を見ていながら,実際目にしたら腰を抜かし声も出なかった。


助けてもらったお礼も言えなかった。
違う,言いたくなかった。
人を斬った相手にありがとうなんて言いたくなかった。


三津は両手で目を覆った。溢れる涙を止めたかった。


「全部出してしまい。そしたらすっきりして,顔は勝手に笑いよる。」


山崎はそれ以上は何も言わず,水で足を冷やしておくようにとだけ言い残して部屋を出た。
  

Posted by Curryson  at 19:39Comments(0)

2023年12月29日

「沖田か,ちょうどいい。

「沖田か,ちょうどいい。話があるんだ。」


予想外にも斎藤の方から話があると部屋に招き入れられた。
あんまりいい話じゃないかもしれない。
不安に駆られつつ斎藤と膝を突き合わせた。
斎藤の神妙な面持ちに手に汗をかいた。


「それで…話とは?」


少し身を乗り出して様子を窺った。
いつもの斎藤らしくないと感じていた。


いつもならズバッと要件だけを述べるのに今日は腕を組み,渋い顔で口ごもっている。


三津の事だとは分かる。何て言われるんだろう。http://kiya.blog.jp/archives/23424956.html https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/12/28/220108 https://travelerbb2017.zohosites.com/


嫁にもらうとか?
男と女の間柄になったとか?


聞きたくない内容が次々に総司の頭を埋め尽くしていた時,


「どうすればあいつの気配や存在が分かる?」


深い溜め息と共に出て来たのは考えていた事とは全く的外れな内容。


「情けないが今日あいつが俺の後ろをつけていたのに全く気付かなかった…。」


男として,武士として恥だとまで言ってうなだれた。


『何だ…そう言う事?』


三津を小姓に指名したのは気配を感じるため。
出掛けたのもきっと三津を知るため。ならば納得がいく。


そうと分かれば暗い顔なんてしてられない。
総司は得意げな笑みを浮かべて胸を張った。


そして自分の気持ちを正直に認めた。
三津と一番親しい仲なのは自分だけ。他の人は許せない。今になって土方が言っていた“不犯なんて誓いはくだらない”の意味が分かった気がする。


『でも誓いを曲げる気はありません。私は土方さんと違ってそこまで欲深くありませんから。』


だからこれ以上は望まない。
仲の良い友で構わない。
男女の間柄の方が面倒臭くて嫌だと思う。


そんな事で三津を嫌いになってしまうなら,友達のまま笑い合ってる方がよっぽどいい。


友として親しいからこそ,悪戯っぽい笑顔も見れるし,冗談も言い合える。
子供と一緒になって走り回れる。


からかった時の拗ねた顔や,嬉しい時に見せるほのぼのした笑顔は何度見ても飽きない。


自分はこんなにも三津が醸し出す空気に飲み込まれていると言うのに,


「何で分からないんでしょう?三津さんの存在を否定してるんですか?」


「存在を否定した覚えはない。むしろ存在感はあり過ぎるだろう。」


それなのに見えてないから困ってるんだと口をへの字に曲げた。


「沖田,あいつは生きてるよな?」


「当然です。」


三津を勝手に殺さないでくれ。
あんなに活き活きと笑って働く幽霊がどこにいる。


「……殺気。三津さんを怒らせてみるのはどうでしょう?
斎藤さんなら僅かな殺気にも敏感でしょ?だったら三津さんを殺気立たせれば。」


「なるほど名案だ。では早速怒らせてくれ。」


斎藤の頼みに総司の顔が歪んだ。
自分が三津を怒らせる?そんなのまっぴら御免だ。
何でわざわざ嫌われるような役を買って出なければならないんだ。


「嫌ですよ。嫌われたくないですもん。その役はもっと適任者がいるじゃないですか。」


総司はにやりと笑い早速頼みに行こうと斎藤を引っ張り適任者の元へ。


「あ?三津を怒らせろだ?」


適任者に抜擢された土方は不可解な依頼に眉を顰めた。
だがそんな事は朝飯前だと廊下に仁王立ちをした。


「三津ーっ!!」


その一言だけで待機の姿勢をとると,どこからともなく廊下を駆けて来る足音がする。


「はい!何でしょう?」


仕事をほっぽりだして来たのが分かる。
たすき掛けをして,手には拭いきれなかった水滴をつけたままで土方のもとに駆けつけた。


土方は三津の両肩を持って回れ右をさせ背中を向けさせた。


そしてにやりと口角をあげて,


「遅いんだよ!」


三津のお尻に全力の平手打ちをお見舞いした。
  

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2023年12月24日

三津は頬を膨らませて反省

三津は頬を膨らませて反省の色を見せない笑顔をじとっと見上げた。


「だって人に教えるの苦手なんですもん。
ほら私末っ子だから人の面倒見るのは得意じゃないんです。」


そう言って笑顔を見せる総司に悪びれた様子はない。


「沖田さんらしい理由やけど,それじゃあ兄とは認められません!」


やっぱり私の方が大人ねと笑って総司の一歩前に出た。http://jennifer92.livedoor.blog/archives/34366072.html https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/12/20/165244 https://travelerbb2017.zohosites.com/


「年齢は追い越せないでしょう?」


総司は呆れたような笑みを浮かべ,すぐに三津の左側に並んだ。


何にも遮るものがない道に二人の笑い声が響いていた。「ここが原田さんたちの遊び場です。」


総司に案内され,立派な門から賑やかな歓楽街を覗き込んだ。


禿に手を引かれ門の中に吸い込まれて行く男が何人も三津たちの横を通る。


三津は自分よりも小さいのに着飾ってしっかりと役目を果たす禿に釘付けだった。


そして自分よりも大人の世界を知ってるのだなと苦笑い。


「そんなに珍しいですか?でもあんまりじろじろ見るもんじゃないですよ。」


下手したら芹沢たちが居るかもと,食い入るように見ていた三津を連れて引き返す事にした。


三津は自分は本当に狭い世界に閉じこもってたんだと知り,新たに発見した世界に一人感激していた。


「沖田さんもお気に入りの人があそこに居てたりするん?」


「私はああ言う所は好きじゃありませんよ。それに…。」


総司はじっと三津を見て,言いかけた言葉を飲み込んだ。


「それに?何?」


途中で言うのを止められると物凄く歯痒い。
三津は早く言ってと目で訴えた。


「何だっけ?さっ,行きましょう!」


わざとらしく首を傾げて歩く足を早めた。


「何それ!教えてよ!」


『お気に入りの人は今,目の前にいます。
…なぁんて,言える訳ないでしょ。』


教えてくれと駄々をこねる三津を愛おしそうに見つめて,“内緒”と唇を動かした。









屯所に戻ると,土方が待ち構えていた。


「戻ったか。茶を持って来い。」


土方は用件だけ告げると踵を返した。


「休みくれるって言ったの土方さんやのに。」


それを言うだけの為に待ってたのか。
そんな訳は無いだろうけど,それなら自分で淹れた方が早いと誰か教えてあげて欲しい。


三津は腑に落ちない顔をしながらも台所へ向かった。


取り残された総司は土方の後をついて行った。


「今日三津さんは非番になったの知ってます?」



総司はにやにやと笑いながら土方の前に回り込んだ。


「そうだったか,そりゃ初耳だ。」


土方は適当にあしらって部屋に入ると,言うまでもなく総司も転がり込んだ。


「初耳でしたか。じゃあ教えてあげますね,三津さん今日は非番なんです。」


自分の部屋のようにごろりと寝転んで大きな欠伸をした。


「勝手に寛いでんじゃねぇ。それに黙ってあいつを連れ出しやがって。芹沢に見つかったらどうする。」


土方は舌打ちをして読みかけの本に目を落とした。本の内容は全く頭に入って来ないが,真剣に読みふけるふりをする。


そうでもしないと総司のにやにやした顔が嫌でも目に入る。


「本当は三津さんが芹沢さんに見つかってないか,捕まったんじゃないかって心配だったんでしょう?」


お茶なんかどうでも良かったに違いない。
三津が無事に帰って来るのを待ち構えていたんだ。


「それを三津さんが知ったらどんな顔をしますかねぇ。」


「てめぇ芹沢に遭遇したらどうするつもりだったんだ。」


笑い事じゃねぇぞと一瞥するも,総司は顔色一つ変えない。


大した自信だ。
どうするつもりだったか聞かせてもらおうかと総司と向き合う。


「ちゃんと説明するつもりでしたよ。
こちらは土方さんのお妾さんですって。」


茶目っ気たっぷりに笑う総司に土方の顔は引きつった。


「ふざけんじゃねぇ!
俺の趣味が疑われるじゃねぇか!」
  

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2023年12月24日

警戒心の欠片もない笑みに誰もが

警戒心の欠片もない笑みに誰もが目を奪われたがそれも一瞬の事だった。

「仕事中にへらへらしてんじゃねぇ。」


その場が凍りつく程の低い声が響いたかと思ったと同時に三津の頭に鈍い衝撃が走る。


「いったぁ!」


痺れる痛さに目を見開くと冷めた目で自分を見下ろし,https://datsumouki-chan.com/2022/03/19/the-absurdly-obvious-in-order-to-health-care/ https://dwbuyu.com/how-boost-health-with-simple-home-activities/ https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/11/30/184717 息が出来なくなるぐらいの威圧感を放つ土方の姿を確認した。


今日来たばかりの女中にも手加減無しのこの男に誰しも恐怖を抱き目を伏せるのだけど,


「あ,土方さんや。」


三津は頭をさすりながら笑った。


知り合いのいない集団の中ではそれが土方であっても居てくれたら嬉しいと思った。


ただそれは隊士たちには理解しがたく,とんだ命知らずだと真っ青な顔で三津と土方の様子を見守る。


「だから何だ,他にどう見えるってんだ。
それよりこの間抜け面何とかしろ。」


少しは反省しろよと鋭い目で睨みつけながら両頬をつねり上げ,


「あぁ元が悪いから無理か。」


ふんと鼻で笑い,よく伸びるぜと存分に弄んだ。

不敵に笑いながら三津に絡む土方を誰も止める事が出来ない。


止めに入るかと思われた総司も三津さん変な顔!と指を差しながらけらけら笑う始末。


「沖田さん何とかしてよぉ…。
この大人げない人…。」



頼れるのは沖田だけだと思っていたのにそれすら間違いだったのか…。元が悪いだの変な顔だの好き放題言われる三津にやっと救いの手が差し伸べられた。


「こら,二人共止さないか。」


困惑気味の表情で現れた近藤の姿に,広間にはさっきとは違った緊張感が走る。


「みんなに紹介しよう,今日からうちで働いてくれる三津さんだ。」


三津の両肩に手を置いて紹介すると全員の視線が一気に集まる。


「よろしくお願いします。」


こんなに注目される事は今までなかった。
おどおどと視点の定まらないまま深く頭を下げると,広間はしーんっ…と静まり返った。


さっきまでの騒々しさはどこへやら。
自分は受け入れられないのか?
不安に駆られてゆっくりと頭を上げる。


すると野蛮と言うか野性的と言うか,地鳴りのような雄叫びと言うか歓声と言うか…。


若いぞ!生娘か!?嫁にもらうぞ!と品のない野次が飛び交う。


ここでは誰がまともなんだろう……。


興奮気味に目をぎらつかせた隊士たちに戸惑った。


「手ぇ出すんじゃないよっ!」


たえの一喝に一瞬で広間は静まり控えめな,


「おう…。」


と言う返事があった。


本当にとんでもない所なんだと今更気付いた三津だった。










それでも一応何のためにここへ来たのかは忘れてはいない。


土方に恩を返す為,役に立たなければと仕事をこなす。


『思ったより優しくなかったけどな…。』


自分の描いた土方の人物像が大きく違い騙されたと思ったが,周りの反対も押し切ったのだから後戻りはしたく無い。


たえと二人並んで食器を洗いながら,頑張ろうと小さく決意した。


「お三津ちゃんがしっかりした子で助かる。」


今まで来た女中より遥かに手際が良いと褒められた。


やった!とにんまりしてさらにてきぱきと働いた。
褒められて伸びる子なんです。


手を動かしながらも二人の会話は途切れる事はなくて,たえは三津より七つ年上で子供が二人いる事,ここでの仕事が終われば家に帰ってしまうと知った。


子供の話をするたえの顔を,
“お母さんの顔してるなぁ”と微笑ましく眺めていると早くも宗太郎が恋しくなった。


『私はこのままではいき遅れやわ。』


と自嘲気味に笑った。
いや,今は仕事に慣れるのが先!


頑張ったご褒美にたえの子供と遊ばせてもらう事にして,それを励みに三津の新選組での生活が始まった。
  

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2023年12月15日

「…………皆の思いはどうなります」

「…………皆の思いはどうなります」


 思わず出た言葉は思ったよりも女々しい。女は感情の生き物だとはよく言ったものだ。溢れ出る思いを抑え込むことは出来ない、いや今抑えてしまっては後悔すると思った。


「……永倉先生達は、局長の指揮を遂行せんと必死に戦っていました。沖田先生は、局長のことが心配であの身体に鞭を打って行軍に参加したんです。土方副長は局長のために戦をしようと──!」


 何処かで砲台の音が聞こえる。https://www.bly.com/blog/writing/the-absolute-best-thing-about-mainstream-book-publishing/#comment-1714407 https://jmfaye.free.fr/index.php?article1/introduction#c7737935680-1 https://badbuyerlist.org/buyer/721d40e2d365094e745e9fed 放たれた火で木が倒れる音が聞こえる。それに負けじと声を張り上げた。

 もはや、己を見失いかけた彼には、情に訴えるしか方法が無い──そう信じて必死に言葉を繋いだ。


「今、ここで死んでしまったら、皆が後悔します!貴方を信じている人がまだ居ることを、ゆめ忘れられるなッ」


 そこまで言い切ると、桜司郎は荒くなった呼吸を整える。

 近藤は切なげに目を細めながら、その姿を見やった。



「…………そうか、俺はまだ皆を……」


 ポツリと呟くと、苦々しそうに視線を落とす。



「……付けるべき始末が残っていたようだ。君の言う通りに、俺も撤退しよう。道を開いてくれるか」


 その言葉は決して良い意味では無いだろう。だが、少なくとも今死ぬ気では無くなったことに一先ず安堵の息を吐いた。

 そして、力強く頷く。


「お任せを。榊桜司郎、この刀にかけて局長を江戸まで御守りします──」


 目立ちそうな陣羽織はその場に捨て置かせると、桜司郎は先陣を切って慎重に進んだ。

 その間も、一言も近藤から言葉を発することはない。





 やがて八王子に差し掛かった辺りで、土方と合流することが出来た。無論援軍などは連れていない。無事を喜んではいたが、早すぎる敗戦に眉間の皺を深くしていた。

 だが責める言葉は一つも吐かず、ただ「良く無事だった」と言った。


 近藤を無事に土方へと引き合せることが出来た安心のためか、途端に気持ちが緩む。来た道を振り返れば、夕陽を飲み込んでいく甲府の山脈へと烏達が吸い込まれていった。 江戸へと戻った甲陽鎮撫隊は、散り散りになりながらも和泉橋医学所へと集っていた。

 否、もはや甲陽鎮撫隊にて集った新しい隊士達の殆どは此処には居ない。あっさりと負けたことに失望したのか、はたまた臆病風が吹いたのかは彼らしか知らないことだ。


 元から新撰組に名を連ねている者や、近藤らと縁の深い者、意地の強い者だけが此処に居る。

 しかし、永倉と原田は少し遅れての合流となった。無事を喜ぶことも無く、そのまま近藤や土方と話したいと言って人払いをしたのだ。


 今後を話すというなら、桜司郎や山口を含めた幹部で話すだろう。二人が纏ったあの妙な空気には、嫌な予感しかしなかった。


 奥の部屋へ籠ってから、ほんの半刻しか経たないというのに時が長く感じてならない。



 桜司郎は騒ぐ気持ちを抑えようと、草履を突っかけるようにして履き、外へと出た。

 門前に垂れた細い枝の先には、小さな芽が生まれていた。もう春がそこに来ていることを初めて知る。


「……あ。あそこにも芽が……」


 見上げると、固い芽がポツポツとその存在を主張していた。

 白い息を吐きながら、それを見詰めていると背後から人の気配を感じた。


 振り向くよりも先に、肩へ半纏が掛けられる。
  

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2023年12月11日

「私は、新撰組のことも、お二人のことも、大好きです

「私は、新撰組のことも、お二人のことも、大好きです……。ですから、ですから……、迷惑をかけたくな───」 


 言い切る前に、身体に衝撃が走った。ふわりと鼻腔を香が掠める。控えめで優しい匂い。桜司郎が抱き着いてきたのだと直ぐに分かった。

 その肩は大きく震え、縋るように馬越の肩口へ顔を埋めている。三年の付き合いとなるが、桜司郎がこのように弱さを見せるのは初めてだった。松原の時ですら、気丈に振舞っていたのだから。


「ごめ、ッ、ごめん……ごめんね……。馬越君ひとりに、全部、背負わせてしまったッ……」


 何度も謝罪の言葉を続けた細い身体を抱き締め返す。https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/5c3cdf1896a https://carinacyril786.livedoor.blog/archives/1003149.html https://note.com/carinacyril786/n/na5d803a97efe?sub_rt=share_pb 口を開けば自身も泣いてしまいそうだったため、代わりにその背をぽんぽんと撫でた。

 誰からも愛され、かつ最強と謳われる沖田の後継という重圧をひとりで背負っているのだ。尊敬こそすれ、誰が恨み言など言えようか。


 温い風が頬を撫で、涙を攫っていく。どれだけ時を惜しもうとも、待ってはくれないのだ。 馬越が隊を去り、やがて暑い夏が来た。この年は例年に比べて猛暑日が続き、屈強な新撰組隊士と言えども体調を崩す者が増えた。

 特に病床の身である沖田をみ、何日も起き上がれぬ時すらあった。


 やっとの思いで夏を越え、風が涼しさを帯びる頃。土方は沖田の部屋を訪れていた。

 沖田は部屋の真ん中に敷かれた布団で寝ていたが、話し声に気付き、薄らと目を開けては傍らに座る土方と桜司郎へ視線を向ける。


「ひじ、かた……さん?どうしましたか……」

「ああ、起こしちまったか。具合は……良くは無さそうだな」

「身体は……言うことを聞いてくれませんが……。気分は良いですよ。さっきも夢を、見て……」


 熱い息を吐きながら穏やかに笑う男が、やけに幼く見えた。昔を思い出した土方は、その頭を撫でる。


「夢か。どんなモンだ」

「江戸に居た頃の夢です……。皆と道場で稽古をして、水を浴びて、縁側で西瓜を食べました……」

 病に冒されているせいか、寂しいのだろう。やけに昔の夢ばかり見るのだ。


「そりゃあ……良いな。西瓜が食いてえのか?まだどっかに売ってんだろう。買って来させる」

 そう言うと、土方は部屋の隅に控える市村へ目配せをする。すっかり小姓役が板についた彼は素早く立ち上がると、部屋を出て行った。

「……催促したみたいで悪いなァ…………。あの子は?昔の平助みたいな子ですね」

「最近入った隊士でな、俺の小姓の市村鉄之助ってんだ。よく茶は零すし、剣の腕も良くないが気は効く」

「…………ふふ。貴方が褒めるなんて、良い子なんですね。ああ……斎藤君と平助は元気にしているかな」


 その言葉に桜司郎はドキリとする。御陵衛士については、触れることを許されないような空気が流れているのだ。隊務から離れているとはいえ、沖田も知らぬわけでは無い。

 だが、土方は咎める訳でもなく、むしろ申し訳無さそうに目を細めた。


「どうだろうな」

「ふたりとも、帰ってくればいいのに……」


 心からの言葉なのだろう。熱で潤んだ瞳は真剣な色を湛えていた。普段は冗談でもこのようなことは言わなかったはずなのだが、何かが不安なのだろう。

 桜司郎はそれに心当たりがあった。新撰組と御陵衛士の関係性が更に悪化しているのである。公然と伊東は新撰組を非難していると聞くが、それに対して意外と新撰組は御陵衛士を無視している。逆にそれが嵐の前の静けさのようで不気味だった。

 この部屋に出入りしているのは桜司郎だけではない。故に風の噂で沖田の耳にも入っていたのかも知れない。

 不安の色を隠さない沖田を見るのは初めてで、桜司郎の中に何かが芽生え始めた。
  

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