2024年11月20日だが、イダテンは、あっさりと首を横に振った
だが、イダテンは、あっさりと首を横に振った。
「物と違い、人は重心が取りにくい」
なにより、捨てて逃げるわけにはいかない。
音をたてただけでも矢が降り注ごう――イダテンは、他に方法はないのだ、とばかりに話を続けた。「門の代わりに丸太の柵が三つ並んでいる。谷側の一つを壊せばなんとかなろう。おれが、あの柵を開ける。いつでも走り抜けられるよう馬の用意をしておけ。砦まではおよそ八町(※約870m)。いうまでもないが上り坂だ。馬の脚も重かろう」
「待て、待て」
と、思わず大声を上げた。
「馬鹿なことを言うな。それは策とも、打ち合わせともいえぬぞ」
が、こいつができるというのなら、できるような気がしてくるのも確かである。
何より義久の出番もある。
「存分に働いてください。義久も、あなたに負けぬ働きで応えましょう」
突然、割り込んできた姫が自信ありげに微笑んでいる。
当の本人には何の成算もないというのに。
「四半刻もせぬうちに騒ぎになろう。それを合図に走り出せ」
イダテンは、そう言い捨てると、櫓の端に置いていた背負子を取りに向かった。
姫や義久の言うことなどまったく意に介していない。https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/221222?_gl=1*fcbbd3*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ. https://ameblo.jp/freelance12/entry-12875399924.html https://debsy.e-monsite.com/blog/--18.html
まさに唯我独尊だ。
「ふん、無愛想なやつじゃ」
櫓を降り、腹立ちまぎれにつぶやいた。
後ろから苦しげな声が聞こえてくる。
姫が口元を袂で隠し、涙を溜めている。
先ほど襲われたときに、どこか痛めたのだろうか。
「どうされました。どこか痛むところでも」
あわてる義久をしり目に、姫は鈴を転がすように笑った。
「邸にいたときは、義久も、そう言われていたのではありませんか」
不本意ではあったが、事実であった。
愛想を振りまくなど、男の風上にも置けぬと思っていた。
加えて当時の覚悟も想い出した。
なんとしても、この笑顔を守らねばならない。
イダテンと組めば、あの巨大な砦の柵もこじ開けることができよう。
根拠などないが、そう思った。
何より、出たとこ勝負は自分の性にあっている。
義久は口端を上げてにやりと笑った。
「ところで、あやつは、姫様の遊びに付きおうたのですか」
自分のことは棚に上げて、あえて、そう尋ねた。
姫は、笑顔で応じた。
「ええ、読み書きを教えました。もともと知識はあったようですが、とても覚えが良かったのですよ」
思わず鼻を鳴らした。
期待した応えではなかった。
「ふん、頭も良いのか、かわいげのないやつじゃ……それにしても、よくまわりが許しましたな。まあ、うちのおじじ……忠信様が手を回したのでしょうが」
姫は、淋しそうに微笑んだ。
「……じいは、よくやってくれました」
あの性根である。
どれほど兵力に差があろうとも孤軍奮闘したに違いない。
姫にとっては、実の父母より遥かに近しい存在だったはずだ。
雰囲気を変えようと声を張り上げ、自慢げに口にした。
「わたしとて、いつまでも悪童のままではありませぬぞ。九九(※掛け算)も多少は覚えましたゆえ」
続けて、少々節をはずしながら歌を詠んだ。
『若草の 新手枕を 巻き初めて――』
「誰に教わったのです」
眉をひそめた姫が、ぴしゃりと制した。
「いや、それは……」
『万葉集』とやらには『九九』を利用した読み方がいくつかある、と言う。
この歌も『憎く』を『二八十一』と表記しているらしい。
だが、女と情を交わしたあとの歌である。
裳着も済ませていない姫を前に披露する歌ではなかった。
機嫌を損ねたかと、そっと顔色をうかがうと、姫は笑いをこらえていた。
その襟元から紐のようなものが覗き、その先に何か小さな物がついていた。
イモリのように見えた。
今にも動き出しそうだったからだ。
姫が気づく前に払おうとして、そうではないことが分かった。
細工物のようだ。
「何です。それは? ずいぶんとやせた獣ですな。山猫ですか?」
「『唐猫』です。名を『美夜』といいます」
姫が目じりをさげて微笑んだ。
「イダテンが彫ったのですよ」
*
なんと言っても、多勢に無勢。
しかも砦の柵は固く閉じられていよう。
イダテンの力と知恵には兜を脱ぐ。
とはいえ、今日の今日まで、あいつが人と争ったという話は聞いたことが無い。
こたびも、崖の上から岩や材木を落とし、矢を射かけただけだ。
血しぶきを浴びるほどの修羅場をくぐったわけではない。
つまらぬことで頓挫するやもしれぬ。
ここは、山賊たちと幾たびも刃を交えてきた、わしが力を貸してやらねばなるまい。
だてに悪童と呼ばれていたわけではない。
それも、姫の前で披露できよう。
さて、と義久は頭をひねる。
馬は黒駒で決まりだが――闇雲に走らせれば何とかなるというものではない。
「物と違い、人は重心が取りにくい」
なにより、捨てて逃げるわけにはいかない。
音をたてただけでも矢が降り注ごう――イダテンは、他に方法はないのだ、とばかりに話を続けた。「門の代わりに丸太の柵が三つ並んでいる。谷側の一つを壊せばなんとかなろう。おれが、あの柵を開ける。いつでも走り抜けられるよう馬の用意をしておけ。砦まではおよそ八町(※約870m)。いうまでもないが上り坂だ。馬の脚も重かろう」
「待て、待て」
と、思わず大声を上げた。
「馬鹿なことを言うな。それは策とも、打ち合わせともいえぬぞ」
が、こいつができるというのなら、できるような気がしてくるのも確かである。
何より義久の出番もある。
「存分に働いてください。義久も、あなたに負けぬ働きで応えましょう」
突然、割り込んできた姫が自信ありげに微笑んでいる。
当の本人には何の成算もないというのに。
「四半刻もせぬうちに騒ぎになろう。それを合図に走り出せ」
イダテンは、そう言い捨てると、櫓の端に置いていた背負子を取りに向かった。
姫や義久の言うことなどまったく意に介していない。https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/221222?_gl=1*fcbbd3*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ. https://ameblo.jp/freelance12/entry-12875399924.html https://debsy.e-monsite.com/blog/--18.html
まさに唯我独尊だ。
「ふん、無愛想なやつじゃ」
櫓を降り、腹立ちまぎれにつぶやいた。
後ろから苦しげな声が聞こえてくる。
姫が口元を袂で隠し、涙を溜めている。
先ほど襲われたときに、どこか痛めたのだろうか。
「どうされました。どこか痛むところでも」
あわてる義久をしり目に、姫は鈴を転がすように笑った。
「邸にいたときは、義久も、そう言われていたのではありませんか」
不本意ではあったが、事実であった。
愛想を振りまくなど、男の風上にも置けぬと思っていた。
加えて当時の覚悟も想い出した。
なんとしても、この笑顔を守らねばならない。
イダテンと組めば、あの巨大な砦の柵もこじ開けることができよう。
根拠などないが、そう思った。
何より、出たとこ勝負は自分の性にあっている。
義久は口端を上げてにやりと笑った。
「ところで、あやつは、姫様の遊びに付きおうたのですか」
自分のことは棚に上げて、あえて、そう尋ねた。
姫は、笑顔で応じた。
「ええ、読み書きを教えました。もともと知識はあったようですが、とても覚えが良かったのですよ」
思わず鼻を鳴らした。
期待した応えではなかった。
「ふん、頭も良いのか、かわいげのないやつじゃ……それにしても、よくまわりが許しましたな。まあ、うちのおじじ……忠信様が手を回したのでしょうが」
姫は、淋しそうに微笑んだ。
「……じいは、よくやってくれました」
あの性根である。
どれほど兵力に差があろうとも孤軍奮闘したに違いない。
姫にとっては、実の父母より遥かに近しい存在だったはずだ。
雰囲気を変えようと声を張り上げ、自慢げに口にした。
「わたしとて、いつまでも悪童のままではありませぬぞ。九九(※掛け算)も多少は覚えましたゆえ」
続けて、少々節をはずしながら歌を詠んだ。
『若草の 新手枕を 巻き初めて――』
「誰に教わったのです」
眉をひそめた姫が、ぴしゃりと制した。
「いや、それは……」
『万葉集』とやらには『九九』を利用した読み方がいくつかある、と言う。
この歌も『憎く』を『二八十一』と表記しているらしい。
だが、女と情を交わしたあとの歌である。
裳着も済ませていない姫を前に披露する歌ではなかった。
機嫌を損ねたかと、そっと顔色をうかがうと、姫は笑いをこらえていた。
その襟元から紐のようなものが覗き、その先に何か小さな物がついていた。
イモリのように見えた。
今にも動き出しそうだったからだ。
姫が気づく前に払おうとして、そうではないことが分かった。
細工物のようだ。
「何です。それは? ずいぶんとやせた獣ですな。山猫ですか?」
「『唐猫』です。名を『美夜』といいます」
姫が目じりをさげて微笑んだ。
「イダテンが彫ったのですよ」
*
なんと言っても、多勢に無勢。
しかも砦の柵は固く閉じられていよう。
イダテンの力と知恵には兜を脱ぐ。
とはいえ、今日の今日まで、あいつが人と争ったという話は聞いたことが無い。
こたびも、崖の上から岩や材木を落とし、矢を射かけただけだ。
血しぶきを浴びるほどの修羅場をくぐったわけではない。
つまらぬことで頓挫するやもしれぬ。
ここは、山賊たちと幾たびも刃を交えてきた、わしが力を貸してやらねばなるまい。
だてに悪童と呼ばれていたわけではない。
それも、姫の前で披露できよう。
さて、と義久は頭をひねる。
馬は黒駒で決まりだが――闇雲に走らせれば何とかなるというものではない。
Posted by Curryson
at 22:32
│Comments(0)