京つう

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2024年11月20日

だが、イダテンは、あっさりと首を横に振った

だが、イダテンは、あっさりと首を横に振った。

「物と違い、人は重心が取りにくい」
なにより、捨てて逃げるわけにはいかない。
音をたてただけでも矢が降り注ごう――イダテンは、他に方法はないのだ、とばかりに話を続けた。「門の代わりに丸太の柵が三つ並んでいる。谷側の一つを壊せばなんとかなろう。おれが、あの柵を開ける。いつでも走り抜けられるよう馬の用意をしておけ。砦まではおよそ八町(※約870m)。いうまでもないが上り坂だ。馬の脚も重かろう」

「待て、待て」
と、思わず大声を上げた。
「馬鹿なことを言うな。それは策とも、打ち合わせともいえぬぞ」

が、こいつができるというのなら、できるような気がしてくるのも確かである。
何より義久の出番もある。

「存分に働いてください。義久も、あなたに負けぬ働きで応えましょう」
突然、割り込んできた姫が自信ありげに微笑んでいる。
当の本人には何の成算もないというのに。

「四半刻もせぬうちに騒ぎになろう。それを合図に走り出せ」
イダテンは、そう言い捨てると、櫓の端に置いていた背負子を取りに向かった。
姫や義久の言うことなどまったく意に介していない。https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/221222?_gl=1*fcbbd3*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ. https://ameblo.jp/freelance12/entry-12875399924.html https://debsy.e-monsite.com/blog/--18.html
まさに唯我独尊だ。
「ふん、無愛想なやつじゃ」
櫓を降り、腹立ちまぎれにつぶやいた。

後ろから苦しげな声が聞こえてくる。
姫が口元を袂で隠し、涙を溜めている。
先ほど襲われたときに、どこか痛めたのだろうか。

「どうされました。どこか痛むところでも」
あわてる義久をしり目に、姫は鈴を転がすように笑った。
「邸にいたときは、義久も、そう言われていたのではありませんか」
不本意ではあったが、事実であった。

愛想を振りまくなど、男の風上にも置けぬと思っていた。
加えて当時の覚悟も想い出した。
なんとしても、この笑顔を守らねばならない。

イダテンと組めば、あの巨大な砦の柵もこじ開けることができよう。
根拠などないが、そう思った。
何より、出たとこ勝負は自分の性にあっている。

義久は口端を上げてにやりと笑った。
「ところで、あやつは、姫様の遊びに付きおうたのですか」
自分のことは棚に上げて、あえて、そう尋ねた。

姫は、笑顔で応じた。
「ええ、読み書きを教えました。もともと知識はあったようですが、とても覚えが良かったのですよ」

思わず鼻を鳴らした。
期待した応えではなかった。

    「ふん、頭も良いのか、かわいげのないやつじゃ……それにしても、よくまわりが許しましたな。まあ、うちのおじじ……忠信様が手を回したのでしょうが」

姫は、淋しそうに微笑んだ。
「……じいは、よくやってくれました」

あの性根である。
どれほど兵力に差があろうとも孤軍奮闘したに違いない。
姫にとっては、実の父母より遥かに近しい存在だったはずだ。

雰囲気を変えようと声を張り上げ、自慢げに口にした。
「わたしとて、いつまでも悪童のままではありませぬぞ。九九(※掛け算)も多少は覚えましたゆえ」

続けて、少々節をはずしながら歌を詠んだ。
『若草の 新手枕を 巻き初めて――』
「誰に教わったのです」
眉をひそめた姫が、ぴしゃりと制した。

「いや、それは……」
『万葉集』とやらには『九九』を利用した読み方がいくつかある、と言う。
この歌も『憎く』を『二八十一』と表記しているらしい。

だが、女と情を交わしたあとの歌である。
裳着も済ませていない姫を前に披露する歌ではなかった。
機嫌を損ねたかと、そっと顔色をうかがうと、姫は笑いをこらえていた。

その襟元から紐のようなものが覗き、その先に何か小さな物がついていた。
イモリのように見えた。
今にも動き出しそうだったからだ。

姫が気づく前に払おうとして、そうではないことが分かった。
細工物のようだ。
「何です。それは? ずいぶんとやせた獣ですな。山猫ですか?」
「『唐猫』です。名を『美夜』といいます」

姫が目じりをさげて微笑んだ。
「イダテンが彫ったのですよ」

     *

なんと言っても、多勢に無勢。
しかも砦の柵は固く閉じられていよう。

イダテンの力と知恵には兜を脱ぐ。
とはいえ、今日の今日まで、あいつが人と争ったという話は聞いたことが無い。
こたびも、崖の上から岩や材木を落とし、矢を射かけただけだ。
血しぶきを浴びるほどの修羅場をくぐったわけではない。
つまらぬことで頓挫するやもしれぬ。

ここは、山賊たちと幾たびも刃を交えてきた、わしが力を貸してやらねばなるまい。
だてに悪童と呼ばれていたわけではない。
それも、姫の前で披露できよう。

さて、と義久は頭をひねる。
馬は黒駒で決まりだが――闇雲に走らせれば何とかなるというものではない。
  

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2024年11月18日

「言葉に気をつけろ。

「言葉に気をつけろ。国親様の側近に聞かれたら首が飛ぶぞ」喧騒が耳に届き、鎬を削る音が聞こえてきた。
視界の隅に、南二の門の櫓の上で何本もの矢を受けて横木にもたれかかっている味方の姿が映った。
暗い空も見える。

命運が尽きかけているにも関わらず恐怖心はなかった。
叩きつけられた体同様、心も麻痺しているのだろうか。
喜八郎たちは無事だろうか。

吹晴山に逃げ込んでいれば可能性はある。
あの岩の下の穴に潜り込み、入口を塞げばよいのだ。
三人で熊を燻り出したあの岩だ。

――だが、二人ともたどり着けなかったようだ。
目と鼻の先で血まみれになり、折り重なるように倒れていた。
三郎は、その中にまぎれて、見過ごされたのだろう。

すまぬ、と心の中で手を合わせた。
もう一働きして、わしもすぐにそちらへ行く。

だが、その機会は与えられそうになかった。
腹巻姿の兵が倒れている童たちに止めを刺しに回ってきたのだ。
すぐに順番が回ってきた。
穂を向けられ、これまでか、と観念した。

が、その時、 https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/e95c0b3a100519e2c2be69415739ccb4 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/214619?_gl=1*2rumuz*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ. https://ameblo.jp/freelance12/entry-12875398729.html
「先に進むぞ」
と、兵に声がかかった。

「しかし、皆殺しにせよと……」
「生きていたところで逃げ場もないのだ。なにより手柄にもならぬ」
その言葉に納得したのだろう。
兵は血に濡れた穂を三郎の衣で拭うにとどめた。声をかけた兵は周りを見回し舌打ちする。

梯子のかかった二の郭は、ほぼ制圧されている。
一の郭にはほとんど兵がいない。
混乱を避けるため邸攻めの数はあらかじめ決められていたようだ。

「ここまで一方的になると戦とは言えぬのう」
「楽でよいではないか」
「それはそうじゃが、手柄も立てられぬではないか」

「鬼の子がおろう」
「おお、たいそうな恩賞がかかっておるそうじゃな?」
尋ねられた兵が、それよ、と続けた。
「十二町歩の田が手に入ると聞いたぞ」

相手は、なんと、と言って言葉を失った。
「……ちょっとした領主ではないか。イダテンとは、それほどのものか?」
「知らぬ……が、あやつの親は桁違いに強かったというぞ。なんでも、得物を持った兵、十人を素手で殴り倒したとか」

「一対一は御免じゃな。われらで取り囲んでみるか?」
「おお、こたびは、こわっぱじゃ。四、五人で囲めば間違いはあるまい」
「ならば急ごう」

――おお、イダテン。やはり、おまえはたいしたものだ。
わしと同じ年で首に恩賞がかかるとは。
しかも、皇子さまを守って死んだという、我が、ご先祖様に引けを取らぬほどの恩賞ぞ。邸の背後にある吹晴山と長者山に目をやった。
連なる尾根沿いに旗は立っていない。
逃げられまいとたかをくくっているのだ。

ならば、姫様のもとに駆けつけ、山に登ってわずかなりとも時を稼ごう。
イダテンは必ず帰ってくる。
あいつはそういう男だ。
それまで持ちこたえるのだ。

左手の指が動いた。
首が動いた。

かたわらに転がっていた矛に手を伸ばし、それを杖代わりに山を見上げ、震える足を叱咤して、ようやく立ち上がった。

――突然、左足に火箸を突きたてられたような衝撃が走った。

棒のようになって顔から地面に倒れ落ちた。
郭の外から降り注いできた矢の一本が、三郎の左のふくらはぎに突き刺さったのだ。

痛いなどという言葉では表せない。
頭の中が針で掻き混ぜられたようだ。
足が、視界が、あっというまに真っ赤に染まる。

あってはならぬことだった。
後方から矢が突き刺さったのだ――これでは敵に後ろを見せたようではないか。

動けぬ。
くそ、動け、動くのじゃ。
くそっ、なんということじゃ! 
姫様を助けに行かねばならぬのじゃ。
ミコとおかあを助けに行かねばならぬのじゃ。

たのむ。
動け、動いてくれ! 

左目に血が入り込む。
目が霞む。
目が見えぬ。

せめて姫様を守らねば……兄者と約束したのじゃ。
わしは武門の子じゃ。
わが身を盾にしてでも主人を守らねばならぬのだ。
  

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2024年11月18日

「心配するな。おかあは、すぐに帰ってくる

「心配するな。おかあは、すぐに帰ってくる。イダテンも、すぐに帰ってくる。あやつは情にもろいでな。いっぱい泣いて、抱きついてやれ。そうすれば、もう出てはいけまいて」
「ほんと?」
「おお、兄者を信じろ」
と、いって、南二の門を指差した。

ミコが振り返ると、ミコの名を呼びながら、門から出てくるヨシの姿が見えた。
「ほれ、おかあが戻ってきたぞ。兄者の言った通りであろう。さあ」
といって、手のひらで軽く背中を押した。
ミコは、涙をぽろぽろとこぼし、嗚咽しながら駆け出した。三郎は目の前にある東一の門の横に建つ櫓によじ登った。
梯子はついていない。
櫓そのものの高さは二間ほどだが、邸を囲む郭も高所にあるので見晴らしは良い。

国府の街並みと田畑と川、そして三方を囲む山々と、その先にある海を見つめる。
イダテンが狼煙だといった煙が、またひとつ増えていた。
向洋の方向だ。
イダテンがおればと、弱気になった。https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202411160005/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/ce0c737b0742b6412295dfa2c2440203 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/203319?_gl=1*5z1lgi*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ.

「三郎、何をしている」
と、いう声に振り返ると、櫓の下に九郎や喜八郎の姿があった。
仲間も入れれば十五人はいるだろう。
見れば宗我部に親や親族を討たれた者ばかりだ。

喜八郎が怒ったように訊ねてきた。
「赤目の国親が攻めてくるとは、まことのことか?」

侍や下男たちとのやり取りを聞いた者がいたのだろう。
姫様の唐猫の死にざまも耳にしていよう。
目の前にいる者たちは皆、国親がいかに残虐な男かを知っている。

皆が固唾を飲んで三郎の答えを待っていた。
欲しているのは、国親が攻めてくる理由ではない。
背筋に冷や汗が流れる。

三郎は、覚悟を決めて答えた。
「間違うておれば、この首を差し出そう」
そこにいる者すべてが息を飲んだ。「いつだ?」
と、訊いてきた喜八郎に、高く上がる黒い煙を指差した。
「今宵か?」

三郎がうなずくと、皆の間に動揺が走った。
「まことか?」
と、声を上げる者もいる。

硬い表情の喜八郎が手で制する。
「ならば……わしらも手伝おう」
つばを飲み込んで九郎もうなずいた。
決意が見て取れた。
三郎と同様、恨みは深い。

「おおっ、おまえ達が力を貸してくれれば百人力じゃ」
「おう、とも! われらが恩を返すはこのときじゃ」
「むろん、積もり積もった恨みもな」
目頭が、つんと熱くなる。
これが武門に生まれた者の絆というものだ。

「頼む……まずはこれじゃ」
鍵がついた板を景気よく放り投げた。

受け取った喜八郎は、にやりと笑う。
どこの鍵かわかったのだ。
「やりおったな」
「ミコの手柄じゃ」

「鷲尾にばかり手柄をあげさせるわけにはいかぬ。次は、わしらの番じゃ!」
喜八郎が振り返ると、
「おう!」と、皆が声をあげた。

やってくれるに違いない。
笑みを浮かべ指図する。
「喜八郎は武器庫を開けてくれ。十人で持ち出し、要所要所に置いて回れ。門の近くには多めにな」

「おう、援軍も増やし、あっという間に、やり遂げて見せよう。馬で乗りこまれぬよう、牛車橋も上げておくで」 「九郎は、五人ほどで手分けして忠信様を探してくれ。忠信様にお伝えするのじゃ。姫様を連れて逃げる算段をせよと。三郎とイダテンが言うておった、と」

「そのイダテンは何をしておる」
九郎が、苛立たしげに口にした。

「国司様を助けに薬王寺へ向こうた」
その一言で、いかに切迫しているかが分かったのだろう。
皆が黙り込んだ。

それでも九郎だけは、鼻をふんと鳴らし強がって見せた。
「――よし、わかった。必ず伝えよう……おい、喜八郎。どちらが先か競おうぞ」
「おう!」
  

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2024年10月13日

描かれた蘭丸の姿を指でなぞりなが

描かれた蘭丸の姿を指でなぞりながら、胡蝶は目のに大粒の涙を溜めた。

絵の中の蘭丸は、胡蝶が一人で縫い上げた衣装に身を包み、優しい微笑みをえている。

つい数日前までこの世の人であった許嫁が、今はもういない…。

帰蝶が今一度 蘭丸の名を呟きながら、瞳に溜まった涙を頬に流していると

『──失礼致しますぞ』

報春院が前触れもなく部屋の中に入って来た。

胡蝶は着物の袖口で涙をい、素早く出迎えの姿勢をとった。

『胡蝶、少し良いか?』

『…はい』

報春院は胡蝶の前に腰を下ろすと、薄暗い室内を見渡し、小さな溜息を吐いた。

『いくら表立って動けぬからというても、かように辛気臭いところに引きこもっておっては身体に毒じゃ』

たまには庭へでも出られたらどうじゃ?と報春院は優しく告げる。https://jennifer92.livedoor.blog/archives/36884208.html https://note.com/ayumu6567/n/nad6702f4266d?sub_rt=share_pb https://annapersonal.joomla.com/3-uncategorised/8-2024-10-11-83-32-24

『…有り難う存じます。されど、にも身体が不自由そうな姿を見せては、に怪しまれます故』

『案ずるには及ばぬ。ご不調であることは既に皆にも伝えてありまするし、そうそう、のこともな、

いつまでも罹病のせいにばかりも出来ぬ故、安土から立ち退く際に足を痛めたのだと皆には申しておきました』

口元のことも別の理由を考えねばなと、報春院が軽やかに笑うと

『──またこれを眺めておられたのか?』

ふいに、膝元に置いてある絵巻物に視線を落とした。

胡蝶は憂いの表情のまま、黙って巻物を片付けてゆく。

『胡蝶、確かにそなたの心情は察するに余りある。お濃殿との入れ替わりで戸惑っているところへ、信長とお濃殿、蘭丸殿を一度に失ったのじゃからな』

『……』


『されど、いつまでもに暮れている訳にもいかぬであろう。何せ、今のそなたはお濃殿じゃ。亡き信長殿の正室として、

誰よりも毅然としていなければならぬ。信長殿や蘭丸殿とて、そなたがいつまでも左様な有り様では、安心してへ旅立てぬではないか』

言われずとも、そのことは胡蝶自身も重々理解していた。

無茶でも困難でも、託された以上は濃姫を演じ抜き、動揺する女たちをめねばならないのだ。

しかし頭ではどんなに理解していても、どうしても心が付いていかない。

これまでいことや辛抱することが多かった分、腹は誰よりも据わっている気でいたが、

胡蝶はここに来て、自分の弱さと度胸のなさを、まざまざと思い知らされていた。

れる胡蝶を見て、報春院はふっと一息吐くと

『そなたに、これを』

着物のを取り出して、胡蝶に差し出した。

『……これは?』

『お濃殿から預かっていた、そなた宛の文じゃ』

『 ?!  母上様から…』

胡蝶は目を見張り、慌てて文を報春院から受け取った。

それは、濃姫が京へ出立する前に、《 ここに委細が書き記してある 》と言って、報春院に託していた、あの文であった。

『いつそなたに渡すか悩んでいたのじゃが、今 渡すことに致しまする』

『…お様』

『それを読んで、少しはお心を落ち着けられよ』

報春院は静かに言い置くと、すくっと立ち上がり、そのまま部屋から出て行った。
胡蝶はそれを見送ると、一度 文を畳の上に置いてから、表包みを外し、中から折りの巻紙を取り出した。

両手で広げることが出来ない為、右手でゆっくりと折りたたまれた巻紙を広げてゆく。

そこには『 胡蝶へ 』から始まる、今となっては懐かしいものになってしまった濃姫の字が、美しい書体で並んでいた。

胡蝶は胸の奥に込み上げてくるものを感じながら、静かに文面に目を泳がせていった。



《 ──胡蝶。

この文を
  

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2024年10月10日

ねられているのか、水篠はやれやれという顔をする。

ねられているのか、水篠はやれやれという顔をする。

「さりとて水篠。私に出来る信忠様への恩返しと申したら、あのお方の良き妻となり、おでお支え申しあげることだけ。

大きな後ろがある訳でも、多額の持参金がある訳でもない私が、もしも信忠様のお気に召さなかったら……」

信忠の自分への愛情は文を通じて痛いほど伝わっていたが、やはり直に会うとなると話も違ってくる。

もしも自分が信忠の好みでなかったら?

もしも信忠が想像していた「松姫」の人物像が、実際とかけ離れていたら? https://mathew.joomla.com/1-uncategorised/1-2024-10-09-13-11-21 https://mathewanderson.livedoor.blog/archives/4685775.html https://mathewanderson.zohosites.com/

そんなことを考える度に、松姫は平手で心臓を鷲掴みにされたような感覚に
「何度となく申し上げましたが、ご心配はご無用にございます。松姫様は才知もご器量も、共に優れているのですから」

水篠は胸を張ってそう告げた。


松姫自身はそれほどの器量ではないと思っていたが、から見る限りでは、松姫は美人の部類であった。

やや面長な顔立ちではあったが、鼻筋はつんと高く、切れ長な目元は実に涼やかで、

百合の花のようにで上品な美しさが、その白い満面に収まっているようであった。

かつて信長が濃姫に、松姫はやも知れぬと冗談半分に言っていたこともあったが、

武田信玄の弟・信廉が描いたとされている信玄(晴信)像(持明院所蔵)を見る限りでは、目鼻立ちやなど、

全体的にすっとした印象があり、巷で言われているような図体の大きい、のような印象は受けない。

松姫の生母である側室・油川夫人も美女と名高く、少なくともこの両親から産まれた姫が醜女であろうはずもなかった。


「自信を持たれませ。信忠様は、姫様のご容姿ではなく、文面から伺える、姫様のお心にかれたのですから」

「…水篠」

「それは姫様もご同様にございましょう?」

松姫はその黒い瞳の中に小さな光を湛えて、こっくりと頷いた。

「そうじゃな…。私が信忠様のご容姿を気にかけていないのと同じように、きっと信忠様も、ただ会えることだけを楽しみにして下されていることであろう」

「左様でございますとも」

水篠は笑顔で頭を垂れると

「それよりも早よう御輿の方へ。せっかく迎えの方々をお遣わし下されたのに、遅れたりしては信忠様に申し訳が立ちませぬ故」

そう言って、松姫を再び輿の中へと導いた。
松姫が輿に乗り込むと、担ぎ手の男たちによって輿は軽々と持ち上げられ、またゆっくりと行列は進み始めた。

輿の中の松姫は、ふいに着物の袖に手を入れると、から一通の文を取り出した。

折り畳まれた文を丁寧に広げ、その末尾に目を向ける。

文の最後には

《 ──此度こそ、あなた様を我が正室としてお迎え致したく候。妙覚寺にてお越しになるのをお待ち申し上げております 信忠 》

と書かれている。

松姫は柔和な笑みを漏らすと、文を胸の上に抱いて、うっとりと瞳を潤ませた。


『 他の姫君を正室に迎えることをみ、ひとえに私と会える日を待ち続けて下された信忠様。

今日ようやく、あなた様の想いにえることが出来まする。 ──待っていて下さい、今あなた様の元へ参ります故 』


松姫は胸をませながら、進んでゆく長い長い道を越しに眺めていた。

すると突然、松姫の輿が大きく揺れ、行列の進行が止まった。

松姫は『 何事…!? 』という顔をして、思わず目を左右にやる。

そうこうしている内に輿は再び地に下ろされ、前の御簾が水篠によって慌ただしく巻き上げられた。

「如何したのです? かような所で止まるとは」

「…それが…」

と言って、水篠は軽く行列の先頭に目をやると

「信忠様の御側近の長谷川殿なる者が、姫様に急ぎお会いしたいと
  

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2024年10月10日

やがて輿の行列が、目下に街並み

やがて輿の行列が、目下に街並みが見渡せる、やや開けた場所に出ると

「──しとめて下され」

輿に垂れ下がるの奥から、若い女人の声が響き、行列は静かにその進行をとめた。

輿がゆっくりと地面に下ろされると、周囲の女たちによって御簾が手早く巻き上げられ、輿の前にはき物が揃えられた。

「、手を貸しておくれ」

中の女人が、白く細い手を外に伸ばすと、水篠と呼ばれた中年の女が、素早くその手を掴んで、輿から降りる手助けをした。

すると中から、見事なが花染めの小袖を身にった一人の姫君が、

るように輿から降り立ち、水篠を連れて、下の街並みが見える道の端へと静かに歩を進めた。

「──何と良い景色、良い空気なのであろう。のう、水篠」 https://www.minds.com/blog/view/217308926149206369 https://carinacyril786.livedoor.blog/archives/4685723.html https://note.com/carinacyril786/n/nf9ef662b1e40?sub_rt=share_pb

「まことに。姫様の面差しも、心なしか明るう、華やいで見えまする」

「当然であろう。もうすぐ我が想い人に…、信忠様にお会い出来るのですから」

「ようやく、姫様のご宿願が叶う時が参ったのでございますね。姫様のとして、

私も此度は、実に誇らしい気持ちにございまする。──松姫様、ほんによろしゅうございました」

華やかな微笑を浮かべる松姫を見つめながら、水篠は嬉しそうに頭を垂れた。
「何せ姫様は、甲州によって武田家滅亡というき目にあってより、多大なご苦労をなさって参られました故」

「よのう。苦労という苦労はしておりませぬ」

らかに笑う松姫に「何をせになられます」と、水篠は強くかぶりを振る。

「不慣れな武蔵の国で、亡き兄上様方やご重臣の三人の姫をお育てになられながらの、ましやかなご生活。

これが、甲斐の虎と呼ばれて恐れられた信玄公の姫君のお暮らしかと、私はもう…姫様がごでご不憫で」

水篠はどこか芝居がかったように述べたが、その目には本当に涙が浮かんでいる。

「どうという事はない。雨に濡れ、今日明日のもない貧しい民たちの苦労を思えば、私は恵まれています。

それに、そなたや、督、貞、香具ら姫君たちが側にいてくれるお陰で、私は寂しさを感じるもないのですから」

「姫様…」

自分は幸せだと、松姫は気丈に笑ってみせた。

水篠は指先で涙をいながら頷いた。

「左様にございますね。よくよく考えれば、左様なご苦労を乗り越えられた姫様だからこそ、は、今日のような素晴らしき日を、姫様にお与え下されたのやも知れませぬ」

「与えて下さったのは御仏ではない。信忠様じゃ。…あのお方の揺らぐ事のなき心のが、私に幸を授けて下されたのです」

感謝しても足りぬ程だと、松姫は頭を下げるような仕草をした。

それには水篠も同感そうに首肯する。
「武田家と織田が敵味方に分かれてからも、信忠様は何かと姫様にお心遣いをお示し下さいました。我らが仮住いをしている金照庵へも、

周囲に悟られぬよう、わざわざご自分の御名を伏せて、密かに米やなどをお贈り下されて」

「私が “ 左様なお気遣いはなさらぬよう ” とお文にてお断り申しても、“ 幼い姫たちの為に ” と言われて、決して贈り返させては下されなんだ」

「松姫様が遠慮のうお受け取りあそばされるように、気遣こうて下されたのでございましょう」

「そうじゃな。……実にお優しきお方です、信忠様は」

松姫は遠い目をしてくと、やおら重い溜め息を吐いて

「そのお優しきお方は、私の事を気に入って下さるであろうか?」

不安そうな面持ちで水篠を見やった。

「まぁ姫様ときたら、またその問答をなさるおつもりですか?」

既に何回も
  

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2024年10月08日

か───今ようやく分かる 』

か───今ようやく分かる 』


取っ手に両手をかけ、大きく手前に引いた。いた音を立てて杉戸が左右に開いてゆく。



すると、杉戸の開け放たれた前を挟んだその先、

あの古びた三宝尊が安置された最奥のに、白い寝衣の背が見えた。

中は真っ暗だったが、三宝尊の前に置かれた蝋燭の一つに火が灯されているらしく、そこだけぼんやりとした光を放っていた。

濃姫はいを覚えたが、ややあってから

「上様─…」

と声をかけると、その白い背がゆっくりとこちらを振り返った。

「お濃か?」

蝋燭の灯りが逆光となって、相手の面差しは影に隠れていたが、その声だけで信長本人だと分かる。

「上様…。やはりこちらにいらして──」 https://plaza.rakuten.co.jp/johnsmith786/diary/202409270000/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/9b5cf8f015c00fabdcc6b0045a1bdd10 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/09/30/195855?_gl=1*1j4ap3t*_gcl_au*MTY1Nzk5NjI1Ni4xNzI3NDMyMzI5

と、濃姫が歩み寄ろうとした瞬間

「来るな!!」

信長は地鳴りのような怒声を響かせた。

濃姫は驚き、慌てて足を止める。

「こちらに来てはならぬ!危険じゃ!」

「危険とは…どういう意味にございますか!?」

何故 行ってはいけないのかとくと

「そなた、ここがな場所か知っていて参ったのではないのか?」

信長は眉根を寄せて訊き返した。

「この大納戸の裏手には、寺の火薬庫がある」

「…火薬庫」

「儂も、この首を光秀にくれてやるつもりはない。──じゃがその為には、誰かが儂の遺骸をどこぞへ隠すか、

いは、我が身を跡形ものう、この世から吹き飛ばしてしまう以外に方法はない」

「では、上様は……もしやッ」

濃姫が両眼を広げるや否や、信長はヒュン!と、何かを杉戸の境にめがけて放った。
それは床の上でガシャンと音を立てて割れ、周囲に強い油の臭いを漂わせた。

信長は「その…」といて、仏像の前の蝋燭を手に取ると

「 “ まさか ” だ」

火がついたままの蝋燭を、油の上に放った。

「上様ーっ!」

と濃姫が叫んだ瞬間、ゴォッと炎が高く上がり、周囲に散った油へも引火した。

色の炎が、奥にいる信長の姿を隠すように大きく燃え上がった時

「逃げよ!お濃ッ」

「…!」

「逃げよ──!!」

信長がこちらを見つめながら、声の限りに叫んだ。

その光景を目にし、濃姫は芯からうち震えた。


同じだ…

私が初めて本能寺に参ったあの日から、繰り返し見たあの悪夢と…

これで、全てがになってしもうた…


濃姫の目に、落胆と絶望の涙が溢れた。

炎の向こうで、微笑んでいる信長の細面が見える。


『 何故、かような時においになるのですか…。 私を安心させようとしているのですか…。

それとも、今まで良くやってくれたと、私をろうて下さっているのですか… 』


濃姫は疲れ切ったような面差しに、微かな苦笑を浮かべた。


『 …そのどれであろうとも、お濃は嬉しゅうありませぬ。…あなた様のいない世に、お濃の楽も幸もありませぬ… 』


濃姫は頬を涙で濡らしながら、ゆっくりと床の上にれた。

濃姫にはもう泣くことしか出来なかった。

この絶望的な状況もそうだが、炎の奥に消えてゆく夫を前にして、何も出来ない自分がらなく惨めだった。

何と無力なのだろう…。

濃姫が悲痛に顔を歪め、れるように上半身を前に折った時

──ガシャンッ

と音を立てて、寝衣の懐に忍ばせていた道三の短刀が、床の上に転がり落ちた。

その、短刀の柄に金で刻まれていた二頭立波の紋が、濃姫をんだ。


何をしておるのだ、帰蝶…。

斎藤道三の娘じゃと豪語していた、先程までの威勢はどこへいった?


りし日の道三の声が、濃姫の頭の中でこだまのように響いた。
  

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2024年09月30日

「…しかし、あまりお待たせしては

ですか?」

「…しかし、あまりお待たせしては、姫に申し訳が立ちませぬ」

「分かっています。長くとも半年ほどの辛抱です。その間に、松姫殿との先々のことを、ゆっくり考えればよろしかろう」

濃姫が穏和に告げると、信忠もし考えてから、小さく頷いて

「分かりました──。 様が申すように致しまする」

と、にづいた。

「上様もそれでよろしゅうございますね?」

濃姫がくと、信長は不服そうな表情をしながらも

「どうせ儂の言うことなど聞くまい。…好きに致せ」

と、気味に答えた。

「その代わり、信忠、はそなたにも余興を披露してもらうぞ」 https://jennifer92.livedoor.blog/archives/36443025.html https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202408030004/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/e804f6a777a305dca1b8639ad4aed06f

「今宵と申しますと、武田を滅ぼした祝宴の席ででございますか?」

「応よ。武田の姫との件に目をってやろうと言うのだ。それくらい致せ」

「……承知致しました」

信忠が頭を垂れると

「祝宴にはまだがあります故、信忠殿、よろしければ胡蝶に会いに行っては如何ですか?」

濃姫は笑顔で勧めた。

それには信忠も迷うことなくも今、会いに参らねばと思うていたところです」

「ならば良かった。 ──後で、御仏間の錠を開けて差し上げるように」

「まりました」

齋の局はしく一礼した。様。胡蝶は変わらず健勝に過ごしておりまするか?」

「ええ。お陰様にて、風邪一つ引いておりませぬ」

「それは何よりにございます」

「姫様は美しさにも磨きがかかられて、まるで、を思わせるようなしさなのでございますよ」

齋の局は誇らしそうに言った。

「最近では、お召し物からお化粧、の手入れに至るまで、よくよくお気をわれるようになられて、

ここくの間で、姫様は以前とは見違えるほど、女人らしゅう、やかにお育ちにございます」

「左様であったか。あの幼かった胡蝶がのう」

信忠が笑みを作りながら頷いていると

「そのような話、儂の前で致すな!」

信長が、横に置いていたを押し退けるようにして立ち上がった。

「上様…」

濃姫が見上げると、信長はややばんだ表情を浮かべて

「──馬場へ参る」

とだけ言い残して、足早に座敷から去って行った。

信忠はしてそれを見送ると

「…父上様は急に如何なされたのです?」

不思議そうに上段の濃姫らに目をやった。

「お気になされますな。いつものことです」

「いつもの?」
「そなたが悪いのですよ、齋。胡蝶が変わっためた。

「申し訳ございませぬ。…つい」

濃姫はやれやれと首を横に振ると、信忠に向かって苦笑した。

「上様は、最近の胡蝶の変化を “ 無用な色気付きじゃ ” などと申して、お気に召されないご様子なのです」

「父上様がにそのようなことを? 父上様は、胡蝶を誰よりもしておられたではありませぬか」

信忠には、あの父が胡蝶に対して不服を口したという事実が信じられなかった。

濃姫は小さな溜め息を漏らすと、信忠に向かって困ったようにんだ。

「溺愛なされておられる故、胡蝶の変化が気に入らないのでしょうね」

「それは、どういう意味にございましょう?」

「胡蝶がこのところ、衣装や化粧などに気を遣うようになったのは、全て蘭丸殿のなのです」

「蘭丸…」

と呟いてから、信忠は「あっ」と目を見開いた。

密事の共有者として、既に胡蝶と蘭丸の関係を知るところにあった信忠は、

“ 蘭丸の為 ” という濃姫の話を聞いて、思わず得心したように頷いた。

「なるほど──。う男の為に、胡蝶が自分を磨いている様が、父上様には不快でならないのですね」

濃姫は心持ち顎を引く。

「恋を知れば、男であれ女であれ、何かしらの変化を来すのは、人の常じゃと申しますのにね」

「されど妙なことです。蘭丸を胡蝶の許嫁にと定めたのは、確か父上様ご自身だったのでは?」
  

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2024年09月29日

「確かに。一理ございまする」

「確かに。一理ございまする」

「くは上洛することもない故、悪夢が現実になることはない。安堵致せ」

夫の言葉を聞いて、濃姫は安心しきった面持ちで「はい」と頭を垂れた。


──全ては自分の思い過ごし、そうに違いない。


濃姫は自身に言い聞かせるように、何度も何度もその言葉を心の中で繰り返していた。

一方 胡蝶も、自室の前庭へと歩み出て、輝く天主閣をうっとりとした様子でぎ見ていた。

その左右には蘭丸とお菜津が付き従い、二人もまた、目の前の光の芸術に心奪われていた。

「何て綺麗──。これを、父上様が私のに?」

「左様にございます。姫様がこのお部屋からでもご覧になられるよう、ご配慮下されたそうにございます」

お菜津は嬉しそうに頷いた。https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270008/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/21153d4b93e103e338d15d02120569fb https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/09/27/191452?_gl=1*x4y6pz*_gcl_au*MTY1Nzk5NjI1Ni4xNzI3NDMyMzI5

「賢き上様のこと、大がかりなしを人々に見せつけることで、自身のご威勢をあまねく広めようとする狙いもあるのでしょう」

「まぁ蘭丸殿、そんな水を差すようなことをせになっては…」

お菜津が小声でめると、蘭丸はあっとなって、胡蝶に頭を下げた。

「申し訳ございませぬ。決して左様なつもりでは…」

蘭丸が謝すると、胡蝶はいながら首を横に振った。

「良いのです。この催しが、私一人の為に成されたことであれば実に恐縮なことじゃが、

他意があるのであれば、それはそれで気楽というものです。 ──それよりも、お菜津」

「何でございましょう?」

「蘭丸様はいずれ私の夫君となられるお方。そのようなお方に、先程のような物言いはなりませぬぞ」

「ま…、これは失礼を致しまして」

お菜津が頭を下げようとすると、慌てて蘭丸がそれを制した。
「お止め下さいませ。 ──姫様も、に左様なお気遣いはご無用に願いまする」

「されど」

「姫様のお心はなく思いまするが、某はまだ、姫様の夫ではございませぬ。過分のご配慮は、結構にございまする」

「…蘭丸様…」

胡蝶は思わず蘭丸の面差しを見上げ、しゅんと肩を落とした。

蘭丸の冷やかな言葉に傷付いたのか、胡蝶の美しい顔がどんどん悲しみに染まってゆく。

二人の間に立ち込め始めた重苦しい空気を察してか

「…あの、私、お茶を入れて参りまする」

お菜津は気まずそうに頭を下げ、足早に部屋の中へと入って行った。

「……」

「……」

二人の間の重い空気は、お菜津が去ってもろ、気まずさが加わったようにも感じる。

沈黙も続き、胡蝶もどうしたら良いのかと悩んでいると

「某は、まだ半人前にございます」

蘭丸が、天主の灯りを見つめながら、ぽつりと呟いた。

「からは出来た奴、弟からは頼もしき兄上と言われ、皆がうてくれまするが、

上様やご重臣方からは未だにお叱りを受けることも多く、まだまだ一知半解にございます」

「……」

「青二才の某が、主君の姫君の許嫁、未来の夫とはあまりにも恐れ多きこと…。ですからどうか、

過ぎたお気遣いはなさらないで下さいませ。左様なことをされては、姫様に対して申し訳なく──」

と、やおら胡蝶の方へ顔をやった蘭丸は、驚いたように両眼を広げた。
胡蝶がぽろぽろと、真珠のような涙を流していたのだ。

「い、なされたのです !?」

蘭丸が思わず声を張ると、胡蝶は微かに笑みを浮かべながら、着物の袖口で涙をった。

「申し訳ございませぬ。…何やら、の思いでいっぱいになってしまって」

「安堵?」
しき言の葉を述べられました故、…一瞬、嫌われてしまったのではないかと思うて」

胡蝶の言葉を聞き、蘭丸は思わず

「やはり某は半人前じゃ…」

と、
「蘭丸様がおを自身の顔面に当てた。
  

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2024年09月29日

「実はな、例の件がようよ決まったのじゃ」

「実はな、例の件がようよ決まったのじゃ」

「例の件…と言いますと?」

「何じゃ、もう忘れたのか!? 儂が京に参って──」

と信長が口走った瞬間

「おやめ下さいませ! 都へ参ってはなりませぬ!」

突として濃姫は大声を張った。

その表情はりに満ちており、何が何でも阻止しようとする気合いすら感じられた。

「今はごはお控え下さいませ! ましてや…本能寺などへは!」

「───」

御台所の突然の発言に、信長や、控えている坊丸、力丸、そして侍女衆らも茫然とし、言葉を失っている。

ややあって、濃姫は我に返ると

「…こ…これは、大変ご無礼を致しましたっ」 https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270004/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/da1f3d198ab3c349885ef15cc7aca316 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/09/28/184954
慌てて信長に一礼を垂れた。

「上様が京へられると聞き…、思わず逆上を…」

「お濃、何を申しておるのだ? 儂がいつ上洛すると申した?」

濃姫は思わず目をぱちくりさせる。
「…なれど、先ほど上様が “ 儂が京へ参って ” とせに」

「勘違いを致すな。 儂はただ、以前 京へ参った折にり行った、馬揃えの話をしようとしただけじゃ」

「…お馬揃え、にございますか?」

「そうじゃ。何を早とちりしておる」

それを聞き、濃姫はほっと肩の力が抜け、口元にも微かな笑みが広がった。

「これは、まことに面目もございませぬ、私としたことが」

軽く平謝りすると

「して、今の時分になって、そのお馬揃えが如何なされたのです?」

濃姫は流れのままに伺った。

「実はな、その馬揃えを、この安土で執り行う旨がようよ決まったのじゃ」

「まぁ、この安土でお馬揃えを!? それは、実に粋なお計らいにございますね」

濃姫が感心がちに言うと、信長は呆れたように笑った。

「何を言うておるのだ。安土での馬揃えを希望したのは、お濃、誰あろうそなた自身ではないか」

「私が?」

「何じゃ、忘れたのか? 儂が京から戻って参った折に、安土でも執り行うと良いと、そなたが提案したではないか」

信長に言われ、微かだが記憶がった。

確かに、信長から馬揃えの話を聞き “ 是非 安土でも ” と懇願した覚えがある。
だがそれは、同席していた徳姫に対し、信長が「 事件 」の話をしつこくするので、

話題を変えようと努めていた時に、咄嗟に出た方便だったような気もする。

「さすがに都で執り行ったような大がかりなものは出来ぬが、それでも近隣諸国の武将・大名衆らを安土に呼び寄せ、

賑々しゅう執り行う所存じゃ。 京に参れなかったそなたや母上には、最も良き席を用意致そうぞ」

「それはまぁ──実に有り難き思し召しにございます」

様もきっと喜びますると、濃姫は笑顔満面になる。

「して、安土でのお馬揃えはいつ行うのでございますか?」

「の頭頃にと思うておる」

「葉月…。少し先なのでございますね」

「これから衣装やら武具などを発注せねばならぬしな。予行に費やす時間なども考えると、それくらいは必要であろう」

「されど、お衣装ならば都で召された物がございましょうに」

「そうはいかぬ。前回の馬揃えに参加した武将らも集まるのだ、同じ衣をったとあっては、この儂の威信に関わるでのう」

「左様にございますか」

濃姫は、信長の笑顔の裏に、幾つもの千両箱が見える思いだった。

しかしその分、壮麗で華やかな催しになることは確実であろう。

「胡蝶にも……見せてあげたいですね」

濃姫は無意識なのか、森兄弟や侍女衆が控えているにも関わらず、ぽつりとそう呟いた。

と同時に、信長の口から大きな咳払いが漏れ、濃姫はハッとして慌てて口を閉じた。
  

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